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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2015-08-01-Saturday 久し振りのゴルフ

天気予報がまるで当たらない。

昨日の天気予報では、今日の十勝には大雨警報が出ていたのに・・・。

雨が一滴も降らないで、むしろ晴れ間の方が多く、気温も30℃以上はあったんじゃぁなかろうかと云う様な蒸し暑い天気であった。

今日は昼から十勝カントリークラブで、ゴルフコンペがあった。

今年の1月に急逝された川上哲平先生を偲ぶ会との名称が付いたコンペで21組80名以上が参加する大きなコンペであった。

川上哲平さんは医師で、ゴルフが大好きな方で全盛時には片手シングルの腕前であった。

去年のこのコンペで50回目のエイジシュート(自分の年齢以下のスコアで上がること)を達成され、このペースで行ったら人生で100回以上はエイジシュートを達成する勢いですねなんて言っていたのに、12月中旬に体調不良を訴えられ、1月中旬には急逝されたのであった。

今回のコンペの日程も去年の内に川上先生が決めていたのだと云う。

私は、このところマジック博物館の整備作業が忙しくて、ゴルフは先月中旬以来18日振りである。

この間、練習嫌いであるからもちろん練習などはしていない。

いつものブッツケ本番であった。

太ったからか、このところの汗のかき様は尋常ではないので蒸し暑いのは大の苦手である。

先月からの雨不足で、芝が焼けてしまいコースのあちらこちらの芝が赤く枯れている。

川上先生が居たら、おそらくこんな状態でもノータッチでプレーさせるのだろうが、この日はさすがに緑の芝に置き直して打っても良いとのルールになったのであった。

こんな状況でも、7番までは5パー、1ダブルボギーの2オーバーで来た。ところが、この7番のティグランドでティショットを打つ前に右のお尻を何かの虫にチクリと刺された。

この7番ティグランドには蜂に注意の看板が立っている。何でもティグランドに上がる階段にスズメ蜂が巣を作ったのだと云う。

蜂に刺された痛さではなかったが、もしかするとスズメ蜂に刺されたかもしれないと、心が動揺したのかティショットを曲げて右のバンカーに入れてボギー、次の8番ショートでは30㎝位のパーパットを外して3パットのボギー、この辺りからパットが狂い始めた。

9番のロングは2オンするも25ヤードのイーグルパットが外れ、2mのバーディパットも外して3パットのパーで40打であった。

途中にスポーツドリンク500mlを1本飲んで熱中症対策を取っていたが、汗が大量に出たので、ハーフ終了後に1本、更に後半にも1本の計3本1.5ℓもの水分を取ったのであった。

後半は怒りからかティショットがかなり飛ぶものの、パットが合わずに50㎝位のパットを外しまくって44打であった。

1組目のスタートであったから、最終組が上がってくるまで1時間以上は時間がある。ゆっくりと風呂に入ることにした。

風呂で虫に刺されたお尻の状態を鏡に映して見たら、小さく赤くプツンと少しだけ盛り上がっているだけだった。風呂から上がった後で段々と痒くなってきたから、きっとブヨであったのだろう。

人間の心理状態とはオカシナものである。「蜂に注意」なんて看板が無ければ、あそこで虫に刺されても別段動揺などしなかっただろうに・・・。

キャディさんが蜂と言ってもスズメ蜂だからショックで死なないでね、なんて言うから動揺してしまったのであった。まだまだ精神修行が足りないなぁ〜。

ダブルぺリア方式であったから、ハンディが10.8になりネット73.2で16位という飛び賞も当たらない中途半端な順位であった。

しかし、この大会の賞品は協賛企業が多くて参加人数の倍はある。抽選会では運よく2つの景品をゲットしたので妻には喜ばれたのであった。


■2015-08-02-Sunday 2日続きの

今日もゴルフ、

2日続きである。

2週間以上もやらない時もあれば、こうして2日続きでやる場合もある。練習嫌いでいつもブッツケ本番であるから、プレーしてみなければ好調不調が分からない。

昨日ほどではないが、今日も暑くて体力的にはかなりシンドイゴルフである。今日のコースは帯広国際カントリークラブ、十勝では一番平坦なコースであるから、まだ足が楽だ。

今日のコンペは、十勝酉戌会(とかちゆうじゅかい)と云う同年会(32年酉年と33年戌年早生まれ)のコンペである。年に2回ほどのコンペを開催している。

熱中症にならない様に、しっかりと対策を取ってスタートしたが、1番ホールですでに汗が背中を流れ、額の汗もダラダラと流れてくる。

東コース1番ロングで5m程のパーパットがキャディさんとラインの読みが噛み合わずにわずかに外してボギースタート。

どうも昨日から、パットがわずかずつズレている。ティショットは昨日から良く飛んでいて250〜280ヤードも飛んでいるし、しかもフェアーウェイに収まるが、アイアンの精度がイマイチである。

2番ミドルでは、普段はこのホールでは使用しないドライバーで打って残り80ヤードから1.5mに着け、このパットを決めてバーディ、すぐに取り戻したが、この後もパットの調子が合わずに東コースは39打、今年2回目の40打切りである。調子が良いのか悪いのか分からない。

中コースに入ると途端にティショットがブレだした。左の膝の踏ん張りが効かずに膝が流れてしまい、左に引っ掛け気味の球になる。林の中に入れては出すだけのショットが3ホールも続いてダブルボギーの3連発である。

去年までなら、ここでプッツンと緊張感が解けて、ガタガタといくところなのであるが、今年は何故だか辛抱強くなっている。年を取って性格が丸〜くなったのかも・・・。

ここから何とか踏ん張って44打、グロス83で上がった。ハンディキャップはダブルぺリア方式で9.6になり準優勝であった。諦めずにプレーして良かった。

自宅に戻ってシャワーを浴びようと思ったら、シャツが汗で背中に張り付いてしまい一人では脱げない。仕方なく妻に脱がせてもらったのであった。ズボンもお尻のところが白く粉をふいた様に白くなっている。汗の中の塩が乾いて浮き出たようだ。これだけの塩分が出るのだからしっかり塩分も補給しなくてならないだろう。

スポーツニュースを見たら、女子ゴルフでは原江里菜が7年振りに優勝したと云う。

彼女は、家の長女と同じ東北高校の1年後輩で同じ寮に入っていたが、娘はフィギュアスケートで彼女はゴルフ、部が違うのに、スポーツの世界では先輩後輩のヒエラルキーというのがあるようで、妻が娘の寮を訪れた折には、いつも娘の部屋の掃除をさせられているんですよと訴えていたと云う。

去年辺りから、ベストテンには入れるものの、なかなか優勝ができなかったから、さぞかし嬉しい優勝であろう。これをキッカケにしてドンドン優勝してもらいたい。

今年は同じ東北高校出身の菊地絵理香も初優勝したから、寮監さんもさぞかし喜んでいることだろう。何らかの関係がある選手が活躍するのは嬉しいものである。


■2015-08-03-Monday 殺人事件

帯広の隣町の音更町で殺人事件があった。

3日午前に音更町の木造2階建てアパートの1階の1室から出火し、部屋から首や胸などに複数の刺し傷がある女性の遺体が見つかった。

同じアパートの2階に住む19歳の少年が「自分がやった」と話したので警察は同日午後に逮捕した。

女性は31歳の美容師で、犯人と被害者に交友関係はないと云う。犯人の少年は「人を殺してみたかった」などと供述していると云う。

帯広市や近隣の町村では何年かに一度の割合で、全国ニュースになるような殺人事件が起きている。

何故なんだろう。こんなにカラッとした天候の地域なのに・・・。

今回、理不尽な理由で殺された女性はオーナー美容師として活躍しており、近々結婚する予定でもあったという。

犯人は少年ということで、新聞などでも実名は出ていないが、現在はネットなどに実名や写真がさらされる傾向がある。

法治国家としては、法に依って裁かなければならない。全く無関係な人間が、興味本位の私的な感情で裁くことは許されない。

ましてやヒット数を稼ぐために他人のプライバシーを暴く権利など認めてはいけない。

しかし、「法」が不完全であるから理不尽な裁きが行なわれているのが現状なのであろう。

犯人が少年の場合は特に犯人の人権を守ることになる。むしろ被害者側のプライバシーがいろいろと探られ、週刊誌などに載ったりする傾向もある。

この世の中に、完全無欠の人間など居るはずがない。誰でも叩けば埃が出る。根掘り葉堀り、プライバシーを探られて一般に公開されるのは、被害者側にとっては二重の被害であると言える。

売らんかなの週刊誌にも問題があるだろう。

価値観、優先順位がめちゃくちゃである。嫌〜な世の中になったもんである。


■2015-08-04-Tuesday 何を考えているんだ

一体何を考えているんだろう?

いや、実は何も考えていないのかもしれないなぁ〜。

帯広の中心街で毎日曜日に開催されている「帯広まちなか歩行者天国」。2日の夜に行なわれた映画の野外上映会では、関係者が映画上映の邪魔になるからと西2条通り(平原通り)脇の街路樹1本を無断伐採していたことがわかった。伐採で高さが半分ほどになったと云う。

7月下旬に視界の邪魔になるからと、ワイガヤ十勝のボランティアスタッフが無許可で伐採をしたのだと云う。

映画の野外上映会は、十勝出身者らでつくる「ワイガヤ十勝(柏尾哲哉代表)が主催。藤丸デパートの東側壁面に縦5m、横7mのスクリーンを設置し、平原通りから鑑賞した。

ホコテン事務局ではワイガヤ十勝側から事前に街路樹が邪魔という相談を受けて、別の投影方法を提案していたが、伐採は上映当日まで報告を受けていなかったと云う。

道道の街路樹を伐採する場合は、道路法に基づき北海道への承認申請が必要になる。

街路樹を管理する帯広建設管理部は原状回復を求める考えだと云う。

新聞には平原通りの商店主が「一過性のイベントの為に景観を損なうのは許せない」と憤った。とのコメントが載っていたが、まさにその通りである。

ものごとの優先順位が自己中心的になっているようだ。

イベントというのは「与えられた状況の中で最善の方法を模索する」のが基本である。「与えられた状況」を「自分の都合の良い状況に変える」なら、それこそ何でも出来てしまう。

安倍首相の憲法解釈の変更にも、どこか通じるような危険な考え方であろう。

「公共の樹や花を手折っちゃいけないのは子供ですら知っているのに、いい大人が何人も居てバッカじゃぁないの!」と妻も呆れていた。

私もこればかりはまったくの同感である。


■2015-08-05-Wednesday 収集家の心理

大好きなテレビ番組の「開運!何でも鑑定団」を

見ていると、面白いことが分かってきた。

この番組に出る人の、全員が収集家と云う訳ではないということだ。

中には、先祖から引き継いだとか、遺品を整理していたら出てきたとか、借金のカタにもらった(預かったが相手が行方知れずになったので自分のモノになった)とかと云う、欲しかったのでもなく、また自分の意志で収集したのでもなく、偶然に手に入れたものの、その価値が分からないから、この番組で鑑定してもらうという類の人が結構な人数存在しているのである。

私は、自分自身が生まれついてのコレクターだと思っているので、最近まで、こういった方々の存在を認識できなかった。

この世の中はすべて収集家、コレクターと言われる人たちばかりだと思っていたのだ。

コレクターとは自分の意志で欲しいモノを手に入れていく人達である。

だが、このコレクターにも、いくつかの種類があるということが最近分かってきた。

大雑把に分けて、自分が収集したモノを他人に見せたい人と、他人には見せずに自分だけで楽しむと云う人である。

私は、ほとんど後者であった。自分だけで楽しむ方の人間であったのだ。他人に見せるのは、傷が付いたり、壊れたり、盗難の危険があるから嫌だったのだ。

実際に、私の貴重な十勝関係の本を、十勝環境ラボラトリーの事務所の本棚に貸して飾っておいたら、数冊が盗難にあってしまったのである。持ち出し禁止と書いてあったのに・・・。

この番組に出演するコレクターの中には、自分が集めたモノの博物館を造りたいという人が何人か出てきた。

他人に見せるには管理も十分にしなければならないから、私の様なコレクターにとっては手間が増えるだけでとても面倒臭いのである。

だから、自分の家に飾って(仕舞って)おいて他人には披露しないことにしたのだった。

もうひとつ理由がある。

自宅や倉庫などに仕舞っておけば経費はさほどでもないが、一般公開するようになると経費が膨大に掛かるのである。展示するスペースも必要になる。

だが、最大の障壁はコレクターの心理である。コレクターとしては不完全な収集状態が許せないのである。

例えば、本で1〜10巻までのシリーズ物があったとしよう。この内の1巻でも欠けていたら、何となく心が落ち着かないのだ。

どうしても10巻全てを揃えたくなるのである。

だから、コレクションに掛ける費用をケチりたくないのだ。つまり、展示などに費用を掛けるよりも、コレクションの充実の方を優先させたいのだ。

世の多くのコレクターの心理はこれだと思う。

マジックの世界を例に取ると、マジック道具や本などをコレクションしている人は、とにかくモノを集めることに費用の大半を掛ける。

道具や本などは、所得の少ない年齢が若い内は、古本屋巡りなどをして足で稼いで収集するが、年を取って収入も増えると、今度はお金にモノを言わせて集めるようになる。しかし、よっぽどの大金持ちでもなければコレクションの完全さの追求は難しい。

もともと造られた個数が少なかったり、マジックは一般的ではないから市場にあまり出てこないからだ。

それでも、コレクターは必死になって本や道具を集める。

マジック愛好家の家族には、マジックに無関心な人が多いというのも特徴のひとつである。

コレクターは完璧さを求めて、収集することばかりに集中して、自宅の押し入れや倉庫などにコレクションを貯めておく。

もしも、完璧に収集したとしても、コレクション購入に経費を掛け過ぎていて、展示場を造る費用までは捻出できないか、既に高齢になっていてその意欲がなくなる。

そのままコレクター本人が亡くなってしまったら、家族はその価値を知らないから、サッサと古道具屋などに処分をしてしまい、貴重なコレクションがバラバラになってしまうのだ。

マジック界は、これを何度も繰り返してきたのだ。

ジミー師は「マジック博物館」の建設が夢であった。マジックの文化を後世に伝えたいと云う夢である。

今回、私が「仮称:マジック博物館」を造っているのも、私の意志と云うよりは、師匠の故ジミー忍の遺志の方が大きいのである。

私としては、コレクションを完璧にする方にお金を掛けたいクチなのであるが・・・。

コレクションの充実に使おうと考えていたお金を博物館の整備に使うことになってしまったのであった。

でも、乗りかかった船である。

これが私に与えられた使命であると考えるようになってきた。

日本唯一である「マジック博物館」を完成させたいと願っている。


■2015-08-06-Thursday マジック愛好家

整備中の「仮称:マジック博物館」であるが、

マコママ(師匠の故ジミー忍師夫人)が、東京近郊のマジック愛好家や弟子の方々に、宣伝してくれているので、問い合わせが増えてきた。

このところ、毎日1〜2時間の作業を続けているので、段々と博物館らしくなってきたので、私からも情報発信をすることにした。

2週間ほど前から、新聞記事の切り抜きや、私が撮影している作業経過の写真などをPDFにして、知人のマジック関係者らにメールで送付しているのだ。

マジックの世界は狭い。

私が直接送付していないマジック愛好家からも数軒の問い合わせが来た。

私からの情報発信を受け取った方が、わざわざ他のマジック愛好家に紹介してくれているようである。嬉しいことだ。

日本で初めてのマジック関係の博物館であるから、マジック愛好家としては興味があるのだと思う。

現在の進捗状況は60%ぐらいの完成度というところか。まずは、特注で製作したショーケースに分類した道具を入れる作業をしている。

一応はディスプレー用品を使ってもいるが、キレイに並べるのはまだまだ先のことになりそうだ。

とりあえず全部を入れてみてから、省くものや並べ替えをやろうと考えている。

現在は、イリュージョン系の大がかりな道具はほとんど無い。書籍、ポスター、絵画、写真、サイン、衣装、小道具、トランプなどの小物が中心である。

面積はおよそ50坪程度でしかないので、大道具を飾るスペースが足りないのである。

昨日の大工さんとの打ち合わせで、マジックを演じることが出来る小スペース(舞台)を造ろうということになった。

ますます展示スペースが少なくなる。

いきあたり、ばったりで造ってきたから、ここにきて配置に苦労している。でも、毎日が楽しくて楽しくてしょうがない。久し振りにウキウキしている。


■2015-08-07-Friday 額装

整備の進む「仮称:マジック博物館」であるが

今日は、額装を依頼していた額が完成してきた。

「Magic 100 POST CARDS」と云うTASCHENと云う会社が出してる1400〜1950年代の世界の有名なマジックのポスターを2枚ずつ50種類を絵葉書にしたモノを手に入れたので、これを1つの額にキレイに並べてもらおうと思ったのである。

フーディニ、サーストン、ブラックストーン、ケラー、カーターなどの昔のマジシャン達の幻想的で妖しい雰囲気の古いマジックのポスターはとても味がある。

これを50枚、一度に見ることが出来るというのも、展示物としてはなかなかのモノである。

絵葉書であるから、寸法は縦が約15㎝、横が約11㎝である。50枚をまとめてひとつの額に入れるのであるが、元のポスターは縦書きが41枚で横書きが9枚である。これをバランス良く配置するにはかなりのセンスが必要だ。

最初に自分で並べ方を考えてみたが、素人が考えるとどうしてもシンメトリーにしたくなってしまって恰好がよろしくないので、並べ方も全部専門家に任せることにした。

絵葉書は1枚が約60円であるから50枚で3000円足らずなのであるが、額装代はこの10倍以上のお金が掛かるのだ。

集めるだけなら安くて済むが、展示するとなると余計なお金が掛かるのである。

今回も依頼したのは、これまでにもマジック博物館のポスター類の額装を数十枚も頼んでいる専門の業者である。

これまでに依頼した額に色や雰囲気などを合わせて造ってもらった。

出来あがっってきたモノは、額の大きさや色、中敷の色、配置のバランスとどれをとっても思った以上に恰好良く仕上げてくれたので大満足である。

やはり、こういうものはお金は掛かるが専門家に任せた方が良いモノが出来る。


■2015-08-08-Saturday 甲子園

最近は野球に興味を覚えない。

特に高校野球にはまったく興味がない。

18歳に満たない若者の、一人のピッチャーに9回まで150球以上も投げさせて、翌日もまた連投させるなんてのは、肩や肘を壊す為にプレーさせているようなものであろう。そのピッチャーの将来を甲子園の為だけに使わせるのは間違いである。

こんなものはスポーツではない。

現在、活躍しているかつての甲子園のスター投手も、甲子園での連投が祟って肩や肘を故障しているではないか。

日本人のスポーツは根性論がいまだに大手を振っているようで、特に高校野球が大嫌いなのである。

そんな大嫌いな高校野球であるが、地元の白樺学園高校が甲子園に出場するとなると、見る訳ではないが、ラジオでは聴いていた。

野球はサッカーと違って、ラジオでもイメージが作れるから、テレビで見る必要がない。

8日の第四試合と云うことであるが、前の2試合が延長戦になったとかで1時間ほど遅れで開始になった。慣れないナイターになったら可哀想だなぁと思いながら聴いていたら・・・。

白樺学園の選手達は、浮き足立っていた様子である。何だかバタバタと地に足が付いていない戦いかたで3対1で劣勢であったが、雷雨で約1時間ほど中断した後は、やや落ち着きを取り戻したようであった。

途中、何回だったか、ラジオでは良く理解できないことが起こった。白樺の攻撃の際に、外野に球が飛んだのだが、何故だか白樺学園はダブルプレーでその回を終えてしまった。何が起こったのか知りたくて、すぐにテレビのスイッチを入れたが、この場面の再現はなかったので結局分からなかったが、相手の外野手が補球する際に落球したのに、バッター走者は捕球されたと勘違いしてベンチに戻り、塁上に居たランナーもアウトになったのだと云う。???その後に新聞を見てもこの場面のことは出ていないのでさっぱり理解出来ていない。一体何があったのだ?

8回に4番がホームランを打って同点に追い付いたが、結局は延長11回にエラー絡みで失点しサヨナラ負けであった。

勝てる試合を落としたようなものであろう。

何だかスッキリしない負け方だなぁ〜。


■2015-08-09-Sunday ゴルフ

早朝からゴルフである。

隣町の芽室町にあるのに名称は「帯広ゴルフ場」と云う。自宅からは車で40分ほどの距離にある。

8:12のスタートなので6:50に自宅を出た。7:30には着いてしまったのでスタートまでにはまだまだ時間がタップリある。

いつもは練習などしないのに、皆がやっているものだから、珍しくスタート前の練習を2カゴ分打ったのであった。

どうも私の性格は練習に向いていないようである。

平らなマットの上のボールを、ただ打つと云うのがつまらないものだから、ついつい、やれドローだのやれフェードだのと打ち分けたくなってしまうのである。その結果、余計なことをやって自分の本来の球筋が分からなくなるという愚行をやってしまった。

今日の同組プレーヤーは、6つ年上のハンディ8のIさん、2つ下のN君、現役会員で21歳下のI君である。

年上のIさんとはお互いにベストグロス賞を目指して頑張ろうとプレーを開始したのであったが・・・。

人間的にはとても仲の良いN君なのであるが、彼と私とはゴルフの相性が良くないのだ。リズムが合わないのである。しかし、何故だか一緒に回るケースが多いのである。彼と回ると、たいてい成績が悪くなってしまうのだ。

案の定、段々と私のリズムが崩れてきて、かなり叩いてしまった。苦手意識があるというのは精神的に弱い部分があるのだろうなぁ〜。まだまだ修行が足りない。

今回のゴルフでは年長のIさんゴルフがとても勉強になった。どんな状況になっても決して諦めない執念のような粘っこさ、ドライバーの飛距離は私よりも50ヤードも飛ばないし、パーオンもしてこないのに、パーを拾い続ける寄せとパットの上手さに感心した。

私は、この日はN君と一緒にドライバーをブンブンと振り回して、かっ飛ばし、楽々2〜4ヤード位のところにパーオンさせていった。ところが、このバーディパットがまるで入らないのだ。

こちらはバーディ逃しのパーで、Iさんは上手く寄せてパーを拾いまくる。この展開が一番精神的によろしくない。

段々とイライラしてきてしまったのだ。

ゴルフは精神力がものを言うスポーツである。相手に左右されずに自分のゴルフを淡々とプレーすれば良いのだ。

この日のゴルフは、いろいろな面で今後のゴルフに繋がる収穫があったゴルフであった。


■2015-08-10-Monday 帰郷

名古屋の会社に勤務している息子が帰郷してきた。

お盆休暇である。

ちょうど8月から飛行機の帯広ー名古屋直行便が飛んでいるので、直接セントレア空港から乗って来られるから、乗り換え無しで楽であるが、料金がやや高いのが欠点でもある。

帯広は今日も天気予報では気温が30℃になると言っていたが、名古屋の暑さから較べたら天国だと云う。

息子は、大学生の時は日本一暑い街と云うキャッチフレーズの埼玉県の熊谷市の側に住んでいたし、卒業後は名古屋に就職したから、暑い処にばかり居る。極端に暑さに弱い私なら、そんな場所ではとても生活出来ないだろうなぁ〜。

息子に何が食べたいかと聞くと、ジンギスカンとの答え、それなら肉を買ってきて庭でBBQをやろうかと云うことになった。

タイミング良く、留萌の叔母が、母に生のホタテ貝をお土産を持ってやってきたので、それもバター醤油で焼いて食べようということになった。

3人の子ども達が全員、帯広を離れてからも、時々庭でBBQをやっているが、母と私達夫婦の3人だけでは食べる量が少ないから、買って来る肉もジンギスカン800gのみであった。

今日は、ジンギスカンの他に、息子の好きな牛タンや何とか(聞いたが忘れた)と云う珍しい牛の部位だとか、焼鳥まである。若い者が一人増えるだけで随分と違うものだ。それにプラスして生ホタテやトウモロコシまで付いて、デザートはこれまたお中元で頂いた夕張メロンであるから、何とも豪華な夕食になった。

息子がいつもお土産に持って来るのはお伊勢名物の「赤福」であるが、これは餅米も北海道産だと云うし、餡の原料は十勝産の小豆である。

お伊勢名物が余所の場所の特産品で出来ている。

十勝はお菓子作りに必要な原料である、小麦、小豆、大豆、砂糖、玉子、牛乳、バター、チーズなどの日本一の産出地なのだから・・・。

まぁ、お菓子の原料が全て揃う土地だからこそ、六花亭や柳月などの有名な菓子屋があるのだろうけど・・・。

「赤福」は日本一の売り上げを誇るお菓子なのであるから、十勝も何か上手い宣伝方法を考えれば、もっとスゴイ名物が作れるだろうになぁ〜。


■2015-08-11-Tuesday ゲリラ豪雨

イヤ〜驚いたのなんの!

帯広であんなすごい豪雨は初めてだ。

昨日はニュースで、隣の釧路や根室の豪雨のニュースを見たが、十勝の雨はさほどでもなかったので安心していたのだが・・・。

10年前に妻と二人で沖縄の石垣島に行った時にも、滝の中に突入するようなものすごい豪雨を経験したことがあったが、それ以来である。

ニュースでは1時間に39ミリの豪雨と言ったが・・・。

その倍以上の感覚であった。

夕方の14半〜15時頃であったろうか、マジック博物館の展示を一人でやっていたら、何だか変な音がするので外を見たら、突然空が真っ暗になり、雷が鳴って激しい雨が降ってきた。風も強くて、横殴りの豪雨になってきた。

作業を中止して事務所に戻ったが、会社の窓ガラスに吹き付ける雨は、窓にはワイパーなんぞ付いていないから外の景色が見えないほどである。

横から吹き付ける風によって、排気口や排気窓の隙間から雨が入ってきて天井から雨漏りがするし、窓からも雨が入ってきて床が水浸しになる。

しばらくして風が収まったので窓の外を見たら、見る間に道路に雨が溜まり、排水が追い付かなくて道路が冠水していく様が見えた。

その内に雹まで降ってきた。

屋上の雨を地下に降ろすドレーン管のつなぎ目から水があふれ出し、地下のトイレが水浸しになっているという。

排水能力を超えた量の雨が一度に入った為に、逆流したらしい。

ゲリラ豪雨は東京など本州の出来事だと思っていた。それが、この雨の少ないはずの十勝帯広で降るなんて信じられなかったが、これが、気候変動というものなのだろう。

いわゆる地球温暖化と云われる現象の一部である。どうも近年、地球上のあらゆる場所で異常気象が起きているが、地球は相当アブナイ状況にあるのかもしれない。

今回の豪雨も1時間約40ミリであるから、昨日の1時間に60〜70ミリなんて云う豪雨からは半分なのだが、十勝・帯広は元々雨の少ない地方であったから、豪雨の備えが出来ていない。

今後は、こう云った異常気象が十勝でも起きるのかも知れない。

13日の花火大会はどうなるのだろうか?

集中的な豪雨で、会場の十勝川の流れが増えて、河川敷が冠水したら花火の設営が出来なくなってしまうかもしれない。

天気予報では13日には、雨マークが付いていたが・・・。

最近の天気予報は外れることが多いから、何とか逆に外れてほしいものである。


■2015-08-12-Wednesday 豪雨の続き

昨日の豪雨は凄かった。

短時間で降った雨の量も物凄かったが、突風もかなり強烈だったようで、今日の新聞を見ると、かなり太い街路樹がポキリと折れて電線を切ってしまい、その樹の近くのイオングループのショッピングセンターが停電したり、余所のビルの屋上の屋根が飛ばされたりと云った被害が出ていた。

道路もあちらこちらで冠水し、車が立ち往生したりもしたそうだ。

帯広の1時間当たりの降水量が39ミリと発表されたが、1時間と云うよりはもっと短時間の30分位で降ったというような感じである。

余所の地方では1時間に60〜80ミリなんてニュースで言っていたから、これはもう大変な事態であろう。

平らな十勝平野の中心地の帯広でさえ、あちらこちらが冠水したのだから、坂の多い長崎の街は雨で物凄いことになっていた。

2年前に妻と長崎に旅行したことがあったが、あまりに坂が多くて閉口した。よくこんな急峻な狭い所に家を建てて住んで居るねと云う感想であったが、あの坂なら水が集まってしまって、勢いを増すだろうから、下の方に暮らす人は大変な目にあったことだろう。

今後は世界中で異常気象が起こるであろうから、対策を考えておく必要があるだろうなぁ〜。

さて、明日は十勝毎日新聞社の花火大会が開催される予定である。何とか晴れて予定通りに実行されることを祈っている。


■2015-08-13-Thursday 前夜祭&花火

明日14日から16日までの

3日間、帯広の平原通りの7〜11丁目&広小路の4区画を歩行者天国にして「平原まつり」が開催される。

2002年に「北の屋台」で大道芸人を招いて以来、14年連続(2004年に実行委員会組織になってからは12年目)での大道芸になる。

今年は、これまで14年間連続で、プロデュースとマネージャーをやってくれていたファニーボーンズが所属する「そら」の代表である雪菜さんが初めて帯広に来られない。

ファーニーボーンズがこの期間にイギリスのエジンバラでの公演が入っており、雪菜さんも同行しているからだ。

その雪菜さんの代わりに、芸人を仕切ってくれるのが、同じ大道芸人で12年連続で帯広に来てもらっている「ダメじゃん小出」さんである。

これまでにも、ズ〜ッと帯広での司会進行などをしてもらっているので、彼に任せておけば安心である。

私の役目は、芸人さん達に気持ち良く演技してもらうように接待するだけだが・・・。

芸人さん達同士も、中には初顔合わせの人もいるかもしれないので、まずは顔合わせを兼ねて、前夜祭と称して楽しく飲み食いする会を催すのが通例になっている。

毎年13日に開催される勝毎の花火大会は2万発もの花火を打ち上げるとあって全国的にも有名であるから、芸人さんも会場で見たいと云う人もいるので、21時からの設定にしてある。

私は、花火を坂本ビルの屋上で見ていた。雨が心配であったが、無事に雨が降ることもなく盛会であったようだ。やはり2万発というのはすごい量である。特に、20:40からのフィナーレは圧巻であった。

坂本ビルと花火大会場とは距離にして2㎞ほど離れているから、花火がパーッと開いてから、2〜3秒後に音が聞こえてくる時間差がある。

やはり花火はすぐ側で見るものである。

21時から前夜祭会場の坂本ビル1階にある居酒屋「いろはにほへと」で飲み始めたが、北海道らしい料理を出して欲しいとあらかじめリクエストしておいたので、毛ガニやジンギスカン、アスパラ、刺身などを用意してくれた。芸人さん達も満足してくれたようである。

今回は7組の出演者の内4組が、帯広初登場である。7組とも、いずれも雪菜さんチョイスの一流芸人さん揃いである。

明日からの3日間に素晴らしい芸を披露してもらいたい。


■2015-08-14-Friday 大道芸

昨晩は雨も降ることなく

勝毎の花火大会も無事に終了した。今日から3日間は「平原まつり」である。

この平原まつりの一部門として「北の大地de大道芸フェスティバル」を14年連続(実行委員会組織になってからは12年)して開催している。

しかし、このところの予算緊縮の波が、大道芸にも大影響を与えていて、3年連続で大道芸も予算が削られているのだ。

今年は、予算不足で、大道芸は開催が出来ないかもしれないね、と噂されていたが、苦しい台所を工夫して、何とかかんとか開催にまではもってきた。

しかし、このままの状況では来年の開催はかなり難しいところまで来ているのも事実である。

北の大地de大道芸フェスティバル実行委員会では、「今年の平原まつりのポスターには3日間運営している大道芸の写真が全く使われてないし、商店街からの予算も3分の1が削られてしまったから、招聘出来る芸人さんの数が少ないし・・・」と愚痴とも言える様な苦情のオンパレードであった。

それでも、このフェスティバルに出演してくれる大道芸人は皆が一流の芸人ばかりであるから、少ない組数でも、きっと観客を魅了してくれるだろうと期待していた。

案の定、今年参加してくれた芸人さん7組は皆が、持ち味が異なる一流のパフォーマー達でばかりなので、観客の輪が何重にも連なり、通行もままならない様な大盛況である。

どうやら、まつりを仕切っている方々と、観客の方々との間には、大道芸に対する認識にものすごいギャップがあるのではないだろうか?

大道芸の関係者である贔屓目を割り引いたとしても、平原まつりの演目で観客の支持を一番得ているのは大道芸ではないだろうかと感じる。

もしも、現状の平原まつりで、大道芸が抜けることにでもなったら、きっと、かなり寂しい平原まつりになってしまうのではないだろうかと懸念しているのだが・・・。

どうもこの危機感は共有されていないように見受けられて仕方がない。


■2015-08-15-Saturday 大道芸2

昨日のブログで来年の大道芸開催の危機を書いたら

何と、全国各地の読者の方から質問のメールが届いたので驚いた。

昔のテレビ番組の最初に「北は北海道から、南は九州・沖縄まで・・・」と云うお馴染みの文言があったが、私のこのブログの読者が全国各地にまで及んでいるとは驚きである。多くの方に読んでもらっているようで感謝、感謝である。

さて、昨日のブログでは、危機の状況が詳しく伝わらなかった様である。質問メールを要約すると「何故に大盛況なのに来年の開催が難しいのか?」と云うことになるであろう。

質問を頂いた方全員にそれぞれ返事を書くのも大変なので、このブログ上で返答することにした。

大道芸は「北の屋台」の販売促進活動として、2002年にファニーボーンズ(FB)1組から始まった催しである。

2004年には平原まつりでの「大道芸」の運営母体を実行委員会組織に変更して「北の大地de大道芸フェスティバル」へと発展させた。当時、かなりマンネリ化していた平原まつりに新風を注ぎ込み、帯広市民はもとより、観光客らの目をも、おおいに楽しませてきたと自負している。

阿波踊りの唄の歌詞に「踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損、損」とある通り、まつりは参加することに意義がある。大道芸は観客と芸人とが一体となって「場」をつくり出して一緒に楽しむもので、単に見るだけの芸能とは異なるところが、全国各地のまつりで支持されている大きな要素であろうと思っている。

FBと(プロデューサーの)金丸雪菜さんは結成したばかりの2002年に縁あって来帯し、帯広を気に入ってくれ、翌年からは、他の芸人への参加要請からプロデュースなど、運営の重要な部分を担ってくれるようになった。

芸人が芸人に仲間として声を掛けると云うやり方が上手く機能して、互いにリスペクトし合う一流の芸人達が集結する催しになっていった。

そのFBは、いまや世界中の大道芸フェスティバルからの出演オファーが殺到する世界的な人気芸人になり、数々の大道芸コンクールで優勝をする実力を身に付けた。

ここ3〜4年は、「北の大地de大道芸フェスティバル」に参加するために、海外から直接に帯広入りし、終了後にはまたそのまま海外に行くというような超ハードスケジュールでも、楽しみにしてくれている帯広市民に会いたいと、かなりの無理をして参加してくれていた。

大道芸人は身体が資本である。怪我でもしようものなら芸人人生は終わってしまうことになる。時差ぼけを克服しながらの演技は体力的にも相当な辛さがあるだろうと推測している。

海外に出たFBが、芸人仲間として世界中の優秀な芸人たちにまで声を掛けてくれたから、更に世界の一流どころの出演者が集まると云う稀有なフェスティバルへと発展していった。

しかし、日本中の人間が移動するお盆期間というのは、飛行機の割引運賃が適用されない期間でもあるため、交通費負担が大きいのも事実である。

また、まつりの関係者の中には「平原まつりは帯広市民のための祭りであり、市民の芸能の発表の場である。なにも高い交通費を掛けてまで余所から大道芸人を招かなくても・・・」という人もいる。

その為なのかどうかは知らないが、このところずっと大道芸への補助金の減額が続いている。今年の減額は特に大きくて「これでは運営が出来ないと」訴えたのだが、聞く耳を持ってはくれなかった。

自前で寄付金を募って運営すれば良い。との声もあるが、平原まつりの時期に独自に寄付金を集めることは難しいのが現実である。

そもそも帯広市が5月くらいに市内の企業に平原まつりの寄付金の要請をするからだ。更に勝毎の花火大会の寄付金集めもある。同時期に企業を回っても平原まつりの新参者である大道芸が寄付金を得られることはまずないのが現状なのである。

フェスティバルにするには、9組くらいの芸人招致が理想であろうと思う。2013年には9組の招聘であったが、去年は7組、今年も7組の招聘であった。

昨日、私が大道芸の黄色いユニフォームを着てパンフレットを配布していたら、3人の老婆が寄って来て「去年、偶然に大道芸を見て、その面白さにすっかり魅了されてしまった。こんなに面白いものがあったなんて、今年は友人を誘って3人で観に来たのよ」と言う。

主催者冥利に尽きるありがたい言葉である。

今年の平原まつりでは、観客の輪が出来ていたのは「大道芸」だけであった。圧倒的な集客力と盛り上がり方であった。

このところ4〜5年連続で、東京から大道芸を観る為に帯広に来る夫婦がいるが「帯広の大道芸ほど、すごい出演者が揃っているフェスティバルは他にはない」と言う。

それだけの熱烈なファンまで出来ているのである。

あぁ〜それなのに・・・。

「大道芸なんて・・・」と、シッカリ見てもいないくせに最初からバカにしている頭の固いお偉方が多いようだ。そう云う人に限って、お盆の休みには帯広に居ないから、実際の大道芸の盛り上がりを肌で感じたことがないのだろうなぁ〜。

さて、どうしたもんだろう。


■2015-08-16-Sunday 大道芸3

イヤ〜!今年の大道芸の盛り上がり方はスゴイ!

今回招聘した7組の芸人はみな特徴があって、しかも全員が一流どころであるから、観客の輪が幾重にもなって後方の人が観られない状況である。

招聘した芸人をここで紹介しておこう。

まずはフェスティバルになってから12年連続で全回出演してくれているコメディ&ジャグリングの「ダメじゃん小出」。シュールでブラックな話芸で固定ファンも多い。今年は芸人の取りまとめ役をしてくれた。

4年連続の登場はフェイスペインティングのミホウだ。顔にワンポイントの絵を描いていくが、中には顔全体に描いてもらう観客も増えてきていて、大道芸の別の楽しみ方が増えている。

サイレントコメディのGABEZ(ガベジ)は、兄貴分がパントマイムの「がーまるちょば」で一緒に活動もしている。2010、11年に続いて3度目の登場である。せりふを使わないパントマイムとダンス&コメディで観客を沸かせていた。帯広には熱烈なガベジファンが居るようである。

ここからは初登場組で、

一輪車のWitty Lookはスコットランドのフェスティバルから直接に帯広入りし、すぐにまたカナダの大会に飛ぶと云う世界的に活躍する男女2人組だ。サーカスのピエロのショーを思わせる笑いを取り入れた一輪車や3m以上の高さになる5輪車のショーは観客を魅了していた。

風船パフォーマンスのザーキー岡は、独特の世界観を醸し出して、子供達にすごい人気であった。動物や昆虫のバルーンアートは、ものすごく繊細かつ大胆なデザインで、こんなバルーンアートは私も初めて見た。

フラフープ&帽子のアクトのパフォーマーカナは若い女性のパフォーマーで、確かな技術に裏打ちされた元気で明るい芸風は、他の出演者とはまた異なる独特の空間を作り出していた。

マジック&ジャグリング&ダンスのエンターティナーHi2(ヒッツ)はまだ25歳の若手の男性マジシャンであるが、技術は私の目から見ても素晴らしい高度なテクニックを持っている。背も高くイケ面だから若い女性ファンも多い。彼も独特の世界を構築していた。

7組の内の4組が、帯広初登場であったし、演技のジャンルが異なる7組であったから、大道芸ファンもきっと新鮮に感じたことだろう。

昨日の私のブログを読んだ読者の一人から「帯広に大道芸のファンが大勢生まれたんだし、千円札の投げ銭を入れる観客も多いようだから、まつりの運営者からの寄付金に頼らずに、ファンから一口1000円の寄付金を募って運営したら?」と云う趣旨のメールをいただいた。

確かにそれも良い方法かもしれない。塵も積もれば山となるであるが・・・。

ただ、私が懸念するのは、大道芸のファンと云うよりは、出演者のファンだという人の存在である。「私が○○円も寄付したのに、私の大好きな出演者が来なかった!」というような苦情が来やしないだろうかという懸念である。

14年も大道芸をやっていると、これまでに招聘した芸人の数は、のべにすると100人を超えることになる。その中から、特定のファンの要望に合わせた芸人の招聘は難しいと言わざるを得ないのである。

こちらサイドで招聘している分にはそういう問題は発生しないだろうが、個人からの寄付を募っての運営では、熱烈なファンという存在の意識がどのような方向に向かうのかが心配なのだ。

寄付金集めには「出演者の選択は事務局に一任します」みたいな文言が必要なのかもしれないなぁ〜。

今月末には事務局の反省会が開催される。果たして来年の開催にGOサインが出るであろうか。


■2015-08-17-Monday 大道芸4

今年の大道芸を総括してみる。

例年の課題である「音」の問題は運営者側がかなり気を遣ってくれたのだろう今年はさほどでもなかったようだ。これで課題の一つは解消の方向にあるようである。

さすがに14年も大道芸を続けているからなのか、帯広の観客のレベルはかなり向上しているように感じた。

大道芸の面白さが浸透してきたのだと思う。

まずは、拍手や歓声に協力してくれる観客が多いようである。大道芸では「場」を盛り上げる為に芸人がよく拍手や歓声を客に強制する場面があるが、帯広の観客は皆素直に協力してくれるのだと云う。

また、芸人にイジラレタ時の反応がすごく良くなってきている。以前は恥ずかしがって中央に出て来ない客もいたが、ここ数年は逆に芸人にイジラレルことを期待している客も居るようであるし、積極的ではないにしろ、拒否する客は総じて、少なくなっているようだ。

鑑賞姿勢も前面の客は座って見るようになったから、正面の少なくとも6列くらいまでの客は演技が見易くなっているが、課題は両サイドと裏面の座り方である。

正面に較べると隙間を開けてしまい空間が出来ることがある。一旦空間が生じてしまうと、その空間を埋めることは結構難しくなってしまうのだ。

地べたにマットを敷いて体育座りやアグラを掻いて座る観客を3列、その後ろに小さな折り畳みイスに座る観客が3列、更にその後ろに立って見る観客が3〜5列くらい、観客が四方に10列くらいに重なって並ぶのが理想型であろう。

帯広では、座る為のマットや折り畳みイスを持参してくる観客がまだまだ少ないから、今後は、こうした観覧用のグッズを事務局で販売することが必要かもしれない。折り畳みイスはその上に立って観ることも可能だ。立って観ている人の後ろからイスに立った観客が観るということも可能である。そうすればもう1列増やすことが出来る。

ビールケースなどを事務局側が用意して、万が一落っこちて怪我でもされると訴訟問題になってしまうので、現代社会では残念ながらそういった準備はすることは出来ないが、自分で購入した台に乗って自分で落ちて怪我しても自己責任であるから・・・。

以前には、大道芸を演じる前に待っている観客が少なかったから、芸人は準備をしながら、通行人の目を引くパフォーマンスをしては、少しずつ観客の数を増やしていったものだった。だが、今年は、まだ芸人が準備すら始める前から座って待っている人が増えたのである。

これが、果たして大道芸人にとって良いことなのか悪いことなのかは、私には判断ができないが、客集めも芸の内だとすると、観客の集まりが良過ぎるのは芸を磨くことに繋がらない可能性も考えられるなぁと思った。

ただ、芸人は客集めすることなく、すぐに本題に入れるから演技の内容は濃くなるかもしれないが・・・。

その為なのか、演技時間が押す(芸能界用語で時間が延びる)演者が多かったように感じた。乗ってきて演技が長引くのは大いに結構なことである。その分、我々のスケジュールの組み方を工夫する必要があるだろう。

同じ場所で続けて4人の演技者が演じる場合には、最初の2人の演技の後に30分間の調整タイムを入れることだ。そうすれば全体に押していくと云う事態が解消される。

この為には、事前のチェックが必要だ。いつも直前ギリギリにしか会議が開催されないからチェックする時間がないのである。これは事務局側の課題である。

3日間の期間の内、大道芸のファンが3日間とも観に来ると、投げ銭を入れる金額が段々と日を追う毎に減少するのが常なのだと云う。ところが、帯広ではそう云う傾向が少ないのだと芸人が言っていた。

投げ銭の金額も帯広は余所の街よりも多いようである。

観客も鑑賞マナーを正しく守って、楽しく参加すれば、大道芸はもっともっと面白くなる。

もっと大勢の人にも観てもらいたいから、帯広独自の大道芸鑑賞スタイルと云うものを作っていっても良いだろう。

もう一つ難点がある。最終日16日に8・9丁目交差点(広小路入口)で大道芸をやっていた時のことだ。気温が上がってくると、下水の排水口からドブ臭い悪臭がプ〜ンと漂ってきた。観客も誰かがオナラでもしたんじゃぁないかとキョロキョロしていたが、この悪臭は中心街としても何とかしなければならない問題である。


■2015-08-18-Tuesday 娘の帰郷

長女がお盆休みに帰省する際に会ってもらいたい人がいると言う。

どうやら、妻には先に報告をしていたらしく、最近、やたらと家の中を片付け始めていたから、そういう方面には鈍感な私でもピ〜ンときたのであった。

お盆期間中は「北の大地de大道芸フェスティバル」の関係で、朝から晩まで忙しいからと言ったのだが、花火大会や大道芸も見たいと言うし、何より、忙しく働く父の姿が見られるのは、この時期しかないことを知っているようである。

妻は既に長女の彼氏には会ったことがあるようだが、私はまったく面識がない。娘にとっては男親なんてこんなもんなんだろうなぁ〜。なんでも高校生の時から付き合っているとのこと。

私と妻も小学校から一緒で、高校では同じクラスであったが、交際を始めたのは大学を卒業してからである。男は女に比べて若いうちは子供っぽいから、自分の若い頃の姿を知られていると頭が上がらなくなるのに・・・。

花火大会も有料のファミリー席を用意してあったが、ここは4席分しかない。花火観賞に行ったのは妻と息子と長女とその彼氏の4人、私だけはじき出されてしまったから、大道芸人さんと男2人だけで坂本ビルの屋上から寂しく眺めていたのであった。

翌日の夕食は、母を誘って6人で市内のレストランホームで会食をした。ホームのオーナーシェフの家族とは昔からの顔馴染である。勘定を払う際に妻が「娘の婚約者です」と紹介した。俺はまだ聞いてないゾ〜!

レストランを出ると、大道芸のナイトパフォーマンスが見たいと言う。初めは一緒に見ていたが、どうにも居心地がよろしくないので私だけ一人で先に帰宅したのであるが、娘は「話しがあるから寝ないで待っていて・・・」と言う。う〜む、こりゃぁ〜例の話か・・・。

私は妻と結婚する際には、妻の実家で両親に向かってカシコマッテ正座し直して「お話があります」と切り出したのだが、お義母さんが「分かってますから・・・」と言って私の言葉を遮ったので、私はそのまま言うのを止めてしまったから「娘さんを下さい」とは言っていないのである。

妻はいまだにそのことを折りに触れてブツブツと文句を言う。女はこのセリフを言ってもらいたいんだそうだ。

妻と娘らが帰宅して、娘の彼氏から改まって挨拶がしたいと切り出された。どうもこう云うのは苦手である(得意な父親なんて居ないと思うが・・・)。

娘の彼氏は「娘さんと結婚させて下さい・・・」と言う。それに対しての私のセリフは「本当にこの娘で良いんですか? クーリングオフは受け付けませんよ」であった。

後で、妻、娘、息子から「あのセリフはないんじゃない?!」と叱責されてしまったのであった。

結婚するのは私じゃなくて、当人同士であるし、好き合っているなら反対する理由はまったくない。スポーツをやっていたから爽やかでシャキッとした好青年である。既に13年も付き合っているというのだから、お互いに気心も知れているだろう。

まぁ、私たち夫婦の様に、妻に尻に敷かれながらも、末長く仲良く暮らして欲しいと願うものである。

私は子供が大好きであるから、早くおじいちゃんになりたいなぁ〜。孫を預けてくれたら世界一のマジシャンにしてあげるよ。


■2015-08-19-Wednesday 爆発!

最近のニュースを見ていると

何だかやたらとあちらこちらで爆発騒動が起きている。

特に12日の中国天津の大爆発のニュースには驚いたなぁ〜。

爆発したのは天津市内の倉庫で、近くには高層マンションやらイオンモールなどのショッピング施設もある。

昨日の発表では114人が死亡、約700人が負傷し、消防士ら70人が行方不明だという。

犠牲の大きさが、さもありなんと思ったのは、大爆発の爆風の物凄さの映像であった。2㎞も離れた場所にまで、爆風の被害が出ている。

何でも米軍の巡航ミサイル「トマホーク」50発分以上に匹敵する威力であったとするメディアもあるくらいだ。

現場では猛毒の神経ガスが発生しているというニュースも流れたが、中国政府がそのニュースを削除させたというニュースも出てきた。

中国という国は情報の隠蔽をして、正しい事を発表しない国だから、何が本当で何が嘘なのか判然としない。偏西風に乗って日本にまで毒ガスが飛散してくるようなことは少ないだろうが、イヤ〜な気分である。

中国は、経済も政治もかなりヤバイ状況に来ているのかもしれない。

タイのバンコク市内の繁華街で、17日と18日に爆弾が爆発するテロと思しき事件が2回も連続して発生した。17日の爆発では20人が死亡、125人が負傷したという。

どうして、こう云う無差別テロ行為が出来るのだろうか?

何の関係もない人の命を奪って、その主張が世間から認められるはずがないだろう。かえって世間からの支持を失い、自分達の立場を危うくするだけの、愚かで卑劣な行為でしかないだろうに・・・。

最近、起きる事件や事故をみていると、人間の質が、世界中でかなり劣化しているように感じる。まるで、物事を深く考えることをやめてしまっているようだ。

北朝鮮もキム・ジョンウンの滅茶苦茶な粛清で、政治が機能していないようだ。殺される(粛清される)前に、殺してしまえと、いつ何時クーデターが起きてもおかしくない状況であろう。

中国の体制もあやしくなってきて、タイも政情不安では、アジアはかなり緊張感が溢れている状況だ。

嫌〜な世の中になったもんだ。


■2015-08-20-Thursday 祭の後

祭の後の静けさよ!

何だか「北の大地de大道芸フェスティバル」が終わったら、すっかり気が抜けてしまったようだ。

マジック博物館の展示作業をやろうと思ってはいたのだが、小人数で切り盛りしている会社なので、社員には時期をズラしてお盆休みを別個に与えているから、会社の人手が足りなくなって事務所を離れることが出来なかったのである。

ここ数日は事務所で電話番をやっていたのであった。

今日は18時から駒澤大学同窓会十勝支部の役員会が我が社で行なわれるが、17:50に会社に電話が入った。

13〜4年前に「北の屋台」がオープンしてすぐの時に、九州大学で屋台の研究をされていたD教授からである。「今、帯広に来て北の屋台に居るが会えないか?」という電話であった。

18時からの会議なので、会社に来てもらって、拙著「北の屋台繁盛記」と「人間万事塞翁が馬」を献呈して、若干だけ話をしたら、九大から東大に移られたという。

千葉の柏市の開発に関わっているが、賑わい創出のために屋台村を作りたいと考えていて、北の屋台を参考にしたいと思って、関係者の連中を数名引き連れて来たのだと云う。

北の屋台の事務所も変わったし、スタッフも誰も知らない人ばかりだったと云う。確かに、最初に関わった人間が全員抜けてしまったし、現スタッフは立ちあげを知らない人ばかりであるなぁ。新しく屋台村を作りたいという人が訪問してきたら現スタッフはどう云う対応や説明をしているのだろうか?

少し遅れて18時ちょっと過ぎからは駒大の会議に出席した。

来年の総会&落語会の日程を決定する重要な会議なのである。

何故に、1年前に総会の日程を決定するのかといえば、ゲストで招聘する駒大同窓の落語家、三遊亭王楽師匠のスケジュールと、帯広の会場の空き具合を確認して調整し、共に予約をしてしまう為である。

王楽師匠も人気者だから、なかなかスケジュールが空いていないので、調整に手間取るからだ。

今年の会場のとかちプラザのレインボーホールがとても良かったので、来年もここで落語会をすることにしたい。開催曜日も今年同様の土曜日にしたい意向なのである。こうなると共にピタリと当てはまる日程はなかなか難しい。

結局、来年は7月9日の土曜日の15時開演ということで調整が出来た。

総会は近くのノースランドホテルの会場を押さえた。年々、落語会の人気も上がっているから、来年はレインボーホール(330席)を満杯にしたいと考えている。


■2015-08-21-Friday 中一女子殺害

13日夜に大阪の駐車場で

殺害された女子中学生の遺体が発見された事件で、21日夜に40歳代の男の容疑者が逮捕されたというニュース速報が流れた。

この種の事件としては、かなり早い容疑者の逮捕である。

深夜のニュースでは容疑者の名前が実名で報道され、自宅マンションまで映っていた。

警察は、この容疑者をずっとマークしていて、竹林に入っていった場所を捜索したら、不明であった男子中学生と思しき遺体を発見したと云う。

おそらく監視カメラに映っていた映像を基に容疑者を絞り込んだのだろう。

テレビでは、何度も、このこの殺された男女の中学生が、朝方の5時頃にアーケード街を行き来する姿が映った監視カメラの映像を映していたが、このアーケード街は駅にもほど近い場所にあり、大人も何人かが見掛けていたという。

おばちゃんが一人、この二人がベンチに座っていた姿を見掛けたと、堂々と自身の姿をテレビに出してインタヴューに答えていたが、どうしてこんな態度が取れるのか不思議でしょうがない。

あの時自分が声を掛けていたら・・・とかの自責の念が湧かないのだろうか?きっと湧かない人だからテレビに映りたくてインタヴューに答えたのだろうけど・・・。

こう云った事件が起こる度に、良い意味での「おせっかい」が無くなってきたのが原因のひとつであろうと思う。

余計なおせっかいをしたら、逆切れされてしまうかもしれないし、触らぬ神に祟り無しと知らぬ振りを決め込むのだろうが・・・。

相手が高校生ぐらいなら、まだしも、中学1年生の幼い子供がたった二人だけで居る場面が不自然だと感じなかったのだろうか・・・。

警察に連絡するなり、何か方法がなかったのだろうか?

しかし、容疑者の40歳代の男は、いったい何の為にこの幼い二人を殺害したのだろうか?中学生が金を持っているはずもないだろうし、訳が分からない。

何ともやりきれなさが残る事件である。

殺害された二人の冥福を祈る。合掌


■2015-08-22-Saturday 町内会

今日は自宅が所属する町内会の夏のリクリエーションである。

昔は、パークゴルフ大会などを実施していたようであるが、高齢化により参加者が減ったので、ここ数年は、近くの飲食店で食事会をするだけになっている。

正月の新年会も、夏のリクリエーションも共に食事会だけになっているのが現状だ。

その食事会すらも、最近は参加者数が減っている。

正月の新年会は、40名ぐらいの参加者数であるのだが、今回の夏の方は20名の参加と、半分になってしまった。

私も以前は、町内会の行事に参加することがなかった。

父や母が出席していたからだが、父が亡くなり、母も最近は出歩くのが体力的にしんどくなってからはずっと欠席なのである。

私は副会長を仰せつかっているので、立場上出席してるが・・・。

以前は、自身が住んでいる町内会など、まったく気にしていなかった。お隣さんと挨拶する程度でしかなかったのだ。

副会長になってから、この種の会合にも参加するようになってきて、ようやくご近所さんの顔と名前が一致してきた。

元々、他人の顔と名前を覚えるのが大の苦手であるのだが、さすがに年に2回だけとは言いながらも、ここ数年間の出席で一致するようになってきたのである。

近所付き合いというのは、結構難しいもので、植木の高さや枯葉の問題、雑草の駆除、ゴミの始末など、意外と多くのことがある。

退職して自宅にずっと居る方と、現役で仕事に出ている人とでは、自宅周りの事に掛けられる時間も自ずから異なる。

そもそも掛ける時間の優先順位が異なるのだから、そこが難しい。

老人は、一旦気になってしまうと、ずっとその事が頭から離れないらしいし、仕事で忙しい若い人は、疎かになりがちだ。

町内会費も使うことがなくて余っているようであるから、むしろ、時間が有り余っている老人に、自分の家の前だけでなく、ご近所の清掃もお願いして、町内会費で支払うという方法はどうだろうか?

何か良い仕組みを考えて、老人のプライドを壊すことなく、生き甲斐を持って町内会の為に仕事をしてもらうようなことが必要に思う。

幸せに暮らすにはご近所との良好なコミュニケーションが大切であると思う。


■2015-08-23-Sunday 焼肉

今日は庭で、今年最後のBBQをやろうと妻が言う。

朝から曇っているが、風も微風だし、気温もそれほど低くはない。

今年、庭でBBQをやったのは今日を含めてたったの4回だけである。

妻の実家は我が家と30mほどの距離しか離れていないから、以前は義理の両親と私の母、子ども達も加わって、しょっちゅう大勢でBBQを楽しんでいたのだが・・・、

子ども達が3人とも帯広を離れ、妻の両親も足が悪くなって出歩く機会が減ったから、今年のBBQの参加者は母と私達夫婦の3人だけである。

いつも購入する肉屋のジンギスカンは1袋が800gだ。さすがに3人で1袋では少ないので、焼鳥の串を買ったり、牛タンを買ったり、野菜などを焼いて腹の足しにしているが、昔は私一人でゆうに1㎏は食べることが出来たのに・・・。

焼肉用の焼き台を今年は2台購入した。最初に買った1台は安物買いの銭失いで、たしか2千円もしなかったはずであったが、炭の熱が下のテーブルにまでモロに伝わってしまい、テーブルが黒く変色してしまったので、高いものに買い替えたのであった。

だから、今年4回のBBQは、最初は去年まで使っていた古い焼き台で、2回目が新しく買った安い台、3・4回目が新しい台という具合である。

やはり、新しい台で新しい網で焼くのが一番美味しい。

ジンギスカンの肉がしょっぱい。

大量に作って、作り置きしておくのだろう。タレが染み込み過ぎてかなりしょっぱくなっているようだ。

作り置きするのもは、少し薄味にした方が良いだろうなぁ。今度買いに行ったら進言しておこう。

今年、最後の焼肉も少ししょっぱかったが美味しかった。やはり外で炭火で食べる焼肉は最高だ。

東京なら、たとえ庭があっても、近所から、臭いから止めろと苦情がくる。田舎ならそんなことはないから、帯広は良いところである。


■2015-08-24-Monday 日本奇術協会

日本奇術協会事務局のドルフィンさんから電話が入った。

日本奇術協会と云うのは、日本のプロマジシャンが所属する協会で、私も以前は賛助会員というかたちで入会していたこともある組織である。

どうやら、私が現在整備中の「仮称:マジック博物館」のことが、マジック界で噂に上っているらしい。

協会で年に4回発行している機関誌に記事として掲載したいとのことだが、願ったり叶ったりである。喜んで承諾した次第。

私も知人のマジシャンやマジック用品の販売会社などに手紙やメールなどで情報発信をしているが、マコママ(故ジミー忍師夫人)も知り合いのマジシャンに情報発信を続けているとのことである。マジック界は狭い世界だから、それが伝言ゲームのように伝わっていくようだ。

ドルフィンさんからは「ジミー忍さんは12月3日の奇術の日を提唱されたと云うことを聞いていますが、日本奇術協会の副会長もされておられたのでは・・・?」と聞かれた。

早速、マコママに連絡したところ、ジミー師は副会長職には就いていないとのこと、でも奇術の日を提唱したことを知っているのは嬉しいなぁ〜と、とても喜んでくれたが・・・。

「坂もッちゃん、どうせなら12月3日の奇術の日に博物館のオープンは出来んかねぇ〜」と言う。

「道具類をショーケースに並べるだけなら可能かもしれないけれど、説明文などを付けないと一般のマジックの素人には展示物を見ても理解できないかも・・・」と言ったら、「じゃぁ〜マスコミ向けに仮オープンちゅうことにしよう」と云うことになったのであった。またまたハッパが掛かってしまった。

マコママも11月下旬に帯広入りして展示の手伝いをすると云う。12月3日にはテレビ局や新聞社を呼んで仮オープンの発表会をやろうというのである。ポンポンと決まっていくことが嬉しいやら大変やら・・・。

ドルフィンさんからは、日本奇術協会の先代(9代目)の会長を務めておられた北見マキさんが亡くなられたことも聞いた。

北見さんとは、私が大学に入学してすぐ、まだ「北海マキ」と名乗っておられた時分に、布目貫一先生のやっておられた水道橋のマジックショップでお会いしてサインをもらった。そのサインはマジック博物館に飾ってある。

同じ北海道出身ということで「頑張って下さい」と激励されたことを覚えている。その後、数度、北見さんのステージを拝見したが、和妻も西洋風のマジックもこなす方であった。死因は肝臓癌で74歳であった。ご冥福をお祈りする。合掌


■2015-08-25-Tuesday Chai

「Chai(チャイ)」9月号に、

地元、十勝のフリー(無料配布)雑誌「Chai(チャイ)」の9月号が届いた。

地元の企業の広告が紙面のほとんどを占めるフリー雑誌とは云いながらも190頁もある雑誌で、毎号、何等かの特集記事の頁を組んでいる。

9月号の特集記事は10頁分のスペースを使った「十勝昭和物語」と云う題で「昭和レトロ」を題材にした特集である。

その中に、帯広の歴史のある企業が、数十年前に地元の新聞社「十勝毎日新聞」の広告欄に掲載した新聞広告を基に、その企業が現在どうなっているかを比較してみせる「時代を映し出す新聞広告で見る昭和の帯広」と云うコーナーがある。

「山下家具店」「浅原栄陽堂」「メガネの文明堂」「㈱杉浦」と一緒に我が「坂本ビル㈱」の5社が掲載されたのであるが、この5社の中では、我が社の創業年が一番古くて明治37年であった。

今回のChaiに掲載されたのは、オープン前日の昭和44年10月30日に勝毎に載った「サニーデパート」の広告で、オープン記念に日産自動車の「ダットサン1000」が抽選で一人に当たるという豪華な景品が目に付く広告であった。

昭和44年と云えば、帯広ではまだ高卒の初任給が1万円になったばかりの時代である。日産「サニー」は大衆車とは言えども、当時の新車は約40万円の価格であったから、ものすごく話題になったことを憶えている。

今回のChaiには、もう1ヶ所、私のことが掲載された。

巻末の「Chai NEWS」と云うコーナーに「マジック博物館」の記事が載ったのである。

記者が、坂本ビルの昔の写真を貸して欲しいと事務所を訪ねてきた折に、整備中の「マジック博物館」を見せたら、面白いから記事にしたいと、こちらの方も取材していったのだ。

同じ雑誌の別々のコーナーに2ヶ所も載るなんて・・・。

いや、3ヶ所であった。

もう1ヶ所は表紙に使われた昔の新聞の記事中にも「坂本勝玉堂」の名前を見つけたのである。

表紙には4枚の新聞が使用されているが、右下側の「昭和4年11月2日号」の「祝 帯廣中札内間新線開業」の広告である。

漢字が旧字体なのと、右から左へと書かれてあるのが、いかにも時代を感じさせる。

中央段の左端に「帯廣 西二ノ九 坂本勝玉堂」の文字が見える。ちょうど雑誌中央の黒文字で「[特集]十勝昭和物語」のすぐ下の右側と言った方が見つけ易い。

こうやって、父や祖父のやったことが紹介されるのも嬉しいものである。


■2015-08-26-Wednesday 厚顔無恥

何なんだ!この恥知らずな態度は!

未公開株をめぐる金銭トラブルを『週刊文春』に報じられ、自民党を離党していた武藤貴也議員(衆院・滋賀4区)が26日午後に記者会見を開いた。

文春が報じた、武藤議員のものとされるLINEの文面には「正直証券会社からもうちが国会議員のために枠を抑えてるのとが一般にしれたら大変だと言っています。その辺呉々も注意して下さい。」(原文ママ)と書かれていたとある。

これについては、文面が自らのものであることを認めたが「国会議員が枠をおさえているなどという表現を使っては困るという意味でA氏に伝えていた。この部分の表現については、説明が必要という方が居るが、これは元々、個人的なやり取りであったので、誤字脱字も含めて確かに不正確、乱雑なところがあった。その点も反省をしなければならない。」と述べて意味が異なると釈明したが・・・。

その一方で『週刊文春』の報道に対しては「あたかも私が資金を集めたと断定している」と、事実と異なる部分があるとの認識を示した。

武藤議員は個人的にA氏に1億円を貸してあるというが、記者が「この1億円は資産として記載されていないから政治資金規正法に違反しているのでは?」と云う質問にはしどろもどろになった。

武藤議員は京都大学大学院を卒業しているという。彼は京都大学で、いったい何を勉強していたのだろう?

この文面の意味は誰がどう読んでも、「国会議員枠があるけど、バレたら困るから内緒ね・・・」としか読めんだろう。誤字脱字とはまるで違う次元の話ではないか?

この釈明で逃げ切れるとでも思っているのだろうか?

今回のことは、「詐欺」の手口そのものだろうに・・・。

どうも関西方面の若い政治家は、男も女も、国民をナメキッテいるようだ。自分から辞めると云わないかぎり議員の地位は安泰だ。税金から給料をもらっていることの認識がない。税金は自分の生活費だくらいにしか思っていないのだろう。任期の間はしっかりと政治活動費や議員歳費を受け取るつもりなんだろう。

どうやらこの国の政治家は「恥」ということをキレイさっぱりと忘れているご仁ばかりなのかもしれない。普通人の感覚なら恥ずかしくて外にも出られないようなことをしでかしてもまるでヘッチャラである。

選挙の時だけ、国民に頭を下げて「お願いしま〜す」。当選しちゃったら後は知らん。な〜んて事がやれるのは恥を知らない人だから出来るのかもしれないなぁ〜。

逆にこちらの方がこんな政治家ばかりで恥ずかしくなる。

この国にはまともな政治家が育たない土壌でもあるのかなぁ〜。


■2015-08-27-Thursday 来訪

『地域再生の仕掛人観光カリスマ100選(日本文芸社刊)』

と云う本を書かれた元山梨県立大学教授のIさんが帯広を訪れるから会いたいという。

この本を執筆するにあたり、観光カリスマに選出された100人全員に実際に会ってインタヴューをしたというからすごい。

観光カリスマに選出された100人は、北は北海道から南は沖縄県まで、日本全国の各都道府県に散らばっているから100人全員に会うのは大変な労力であろう。

私も数年前にインタヴューを受けた後からは、何度か手紙やメールなどでやりとりをしていた。

26・27日と帯広で、まちづくりの研修会があるので、それを受講しに来たというから、まちづくりに費やすエネルギーは大変なものであると感じる。

研修会終了後の夕方に坂本ビルで待ち合わせたのであった。

ひとしきり、会話した後、まずは整備中の「仮称:マジック博物館」を見学してもらった。

ちょうど、昨日配られたフリー雑誌のChaiのNEWSに、このマジック博物館が載ったばかりであったからタイミング的にはバッチリである。

きっと、全国で紹介をしてもらえるであろう。

私が「観光カリスマ」に選ばれたのは「北の屋台」を創った功績によるものであるが、私は2007年3月末に北の屋台から卒業しているので、Iさんは、私が卒業した後の北の屋台などがどうなっているかを知りたいと云う。

現在の帯広は「屋台村」を勉強するには最適の場所であろう。

形式の異なる3つの屋台村がほぼ一ヶ所に固まっているから比較し易いのである。

まずは、北の屋台の卒業生の店「らくれっと」「Anna・Anna」の前を通り、恵小路を抜けて名門通りまで出る、この恵小路にも卒業生の店「うさぎのしっぽ」がある。

名門通りから「十勝乃長屋」の中を西に向かっていくことにした。ここにも「瑚遥」と云う卒業生の店がある。

次は「北の屋台」を通過し、そして「うまいもん通り」へと歩く。ここにも「オブリガーダ」と「御多幸」の2軒の卒業生の店がある。

すぐ近くには卒業生の「センナリ」と「えん」と云う店もあることを紹介しておいた。

この150mの通路は、実に面白い。それぞれの屋台村の特徴が現われているから、実物を見せながら説明が出来るのである。しかも卒業生の店もたくさんあるから、更に卒業後の状況の説明も出来るのだ。

説明を受ける側も、実際の営業を見ながら比較が出来るから、その違いが鮮明で分かり易いと思う。

最後に通った「うまいもん通り」で北の屋台の卒業生の店「オブリガーダ」に入ることになった。

ここの店主のMさんは、北の屋台に入った1期目には、飲食業の経験がまったく無いど素人からの出発であったから、一番その成長を見せられると思ったのである。

Iさんも満足してくれたようで、美味しく、楽しい時間を過ごしたのであった。

こうして、訪ねて来てくれるのは嬉しいことである。


■2015-08-28-Friday 奇術の日

マジックの師匠である故ジミー忍師が

生前に、マジック文化を広めたいとの意思で提唱したのが「奇術の日」である。

マジックを演じる際に、「ワン・ツー・スリー」とマジシャンが発する掛け声に合わせて12月3日を奇術の日にしようと提唱したのだ。

プロマジシャンの団体である「日本奇術協会」もこの奇術の日を広めようと十数年前からマジックの行事を開催して啓蒙活動をしている。

師匠夫人であるマコママも、夫が提唱したこの奇術の日に深い思い入れがあるのだろう。現在、私が整備中の「仮称:マジック博物館」のセレモニーをこの奇術の日に合わせてやりたいというのである。

昔のマジックの世界は、職人の徒弟制度の様なものであった。親方は絶対的な存在なのである。親方が「黒」と言ったら、例え白いものでも弟子は「黒」ですと従わなければならないのである。師匠と弟子の関係もそれに近い。

現代のマジック界には師匠を持たないプロマジシャンという人が大勢存在するが、私がプロ入りを目指した時代には考えられないことであった。

プロマジシャンですと名乗るのに、資格試験の様なものがある訳ではないし、プロマジシャンが所属する団体である「日本奇術協会」の会員でなければならないと云う厳格な決まりもない。

自分がマジックでお金を稼いでいると思えば「私はプロマジシャンです」と名乗ることに別段問題はないのである。マジックで生計を立てているという必要もないから、兼業のプロマジシャンという存在すらあるとても曖昧な基準ともいえそうにない基準なのである。

しかし、昔はプロですと名乗る為には、既にプロと名乗って活躍しているマジシャンの弟子になって「芸名」を付けてもらう必要があった。

私の場合は、芸名をいただく前に挫折して辞めているからプロマジシャンと名乗ったことは一度もない。かつてプロマジシャンを目指していたと云うに留めている。その辺はケジメを付けておきたいからだ。

それでも、ジミー忍師の弟子の一人であることにかわりはない。

だから今回、マコママが12月3日の奇術の日にマジック博物館のセレモニーをしたいと言い出した時には「それは良いですね。きっと先生も喜びますよ」と答えたのであった。

ただ、一般公開は来年7月の3連休と決めて準備をしているから、半年早くに開館するのは、現在の準備のペースでは到底間に合わない。

マコママも「一般公開ではなく、弟子を集めてプレオープンと云う形で先に見せて、展示方法などに意見をもらおうよ」と云うのである。

それなら、何とかなりそうである。

早速、全国に散らばっている弟子に連絡を入れることになった。

芸能界の師弟の世界では、弟子のヒエラルキーは年齢ではない。あくまでも入門した順番なのである。

私は17歳で入っているから、後から入ってきた年齢が上の人よりも兄弟子格になるのである。しかし、皆、すでに芸能人ではなく実社会で活躍している人達だから、そうなると年上の人への対応は難しいが、メールと電話で内容を伝えたのであった。

正式な出欠はまだであるが、一応、皆、出席の意向である。

ジミー忍一門が帯広に集まると云うのも面白いことである。どんなセレモニーにしようか今から楽しみだ。


■2015-08-29-Saturday 探し物

井上陽水の歌に

「探し物は何ですか〜、見つけにくいものですか〜、鞄の中も、机の中を探したけれど見つからないのに、・・・」と云うのがあったが・・・。

自宅に保管してあるはずのモノが見つからない。

休みの日を利用して、朝からあちらこちらと自宅の中を探しまわっているのだが、まったく見つからない。

妻に聞いても「知らない」と云う。この「知らない」がクセモノなのだ。

会社も自宅も、私の机の上には本やら書類やらが平積みになっている。動かしさえしなければ、どこら辺に何が存在するのかは自分ではしっかりと把握してあるのに、それを妻が勝手に片付けてしまう。

NHKの『歴史への招待』や『クイズ面白ゼミナール』などの司会者として知られる鈴木健二アナウンサーの机の上も雑然としていることで有名であった。出来る男の机の上は書類や本が積み重なっているものなのだ。

妻は机の上のモノを段ボールやら紙袋やらに入れて、どこかに置いてしまうのだ。それをどこに置いたのかを尋ねても「知らない」と云うから困るのである。

せめて、移動した場所を覚えていてくれたら、そこを探せば見つかるのに、私の持ちモノなど端から無関心だから、どこに片付けたのかすら覚えていないのだ。

片付けたことさえ忘れていることが多い。

「どこにやったんだ!」と強い口調で聞くと、逆切れして「片付けないアンタが悪いんでしょ」と怒りだす。

書類など薄い紙切れは、一旦何かに挟んでしまったら、見つけ出すことは困難なのである。

こうして失ったモノは多い。

探しモノと云うのは不思議なもので、探していないものが、次々と出て来る。「ア〜ッ、この間探していて見つからなかったモノが出て来た。こんな所に仕舞ってあったのか!今更出て来てもしょうがないのに・・・」と云うことになる。

探しているモノが出て来ないと、とても気になる。何度も何度も同じ場所ばかりを探す。

サッサと諦めた方が、時間を有効に使えるのになかなか諦めきれない。

妻はそんな私を見て「バッカじゃないの・・・」と鼻で笑う。原因を作ったのはお前だろう!


■2015-08-30-Sunday 良いマジック番組

久し振りにテレビで良質のマジック番組を見た。

最近のマジックに関するテレビ番組は、タネ明かしモノであったり、テレビカメラと云う機械の特質を利用した、テレビでしか見せられないマジックであったりと、まったく見る気がしなかったのであるが・・・。

今日のBS−TBS(19:00〜21:00)の「Mr.マリックの東京マジック散歩」と云う番組はなかなか良い内容であった。

初め、番組名を見た時にはまったく期待していなかったのだが・・・。

BS放送ならではの、低予算番組と云う感じ丸出しであるが、逆に、ギャラが安いであろうからオファーが掛かったのではないかという雰囲気を醸し出していた出演した若手のマジシャンは、ほぼ全員が初見であったし、技術やオリジナル性が高く、とても見応えがあった。

特に良かったのは、カメラトリックを一切使わずに、しかもノーカット放送で2時間番組という点である。

最近の地上波のテレビ番組は視聴率欲しさの為に、マジックのタネ明かしに走っているのが大嫌いであった。

そんな低劣な番組に出演するマジシャンも、よっぽど売れなくて生活に困っているのか、タブーであるタネ明かしを自らやるとは情けなくなってしまうような連中ばかりであった。

また、画面構成もプロデュサーがマジックの本質を理解していない視聴率稼ぎだけしか頭にない奴だと、肝心のマジシャンを映さずに、観客のテレビタレントが驚いているアホ面ばかりを追うから、マジック番組としては録画する気にもならないダメな番組ばかりであった。

今回のような良質なマジック番組をもっともっと増やして欲しいものである。

こういう番組をみると、よ〜し俺も練習するゾ!と燃えるのである。久し振りにテレビでマジックを見て興奮したのであった。


■2015-08-31-Monday 大道芸の反省会

31日16時から十勝毎日新聞社で

「北の大地de大道芸フェスティバル2015」の反省会が開催された。

今年は、平原まつりの予算や補助金が軒並み削られ、大道芸は予算不足から一時は開催が危ぶまれたが、何とかかんとか資金を工面してやっと開催にまで漕ぎ着けたのであった。

平原まつりの開催期日が、お盆と云う特殊な期間であることが最大のネックなのである。

平原まつり、勝毎花火大会が同時期に開催される為、新しいスポンサーの獲得も難しい。

そこへもってきて、何せ、この時期は航空料金に割引きがなく普通運賃でしかチケットが購入ができない。

羽田ー帯広の普通航空運賃は片道45,690円である。これに羽田空港までの鉄道やモノレール、帯広空港からのバス代などを加えると往復で一人約10万円の交通費が掛かるのである。

更にこれに4泊分(13〜16日)のホテル代、食事代、荷物の搬送費などがプラスされるのだ。

大道芸人の中には鞄ひとつで移動可能な人も中には居るが、ほとんどの芸人が2〜3個の大きな荷物を宅配便で搬送する。この経費もバカにならない。

経費を削減するには、航空運賃の削減が一番だ。その他の費用は削減してみても微々たるものにしかならないからだ。

開催期日を別の日に変更するのが最もてっとり早いのであるが、昔から平原まつりは曜日に関係なく14〜16日のお盆と決まっている。

それでも、私は、何度か大道芸は別の日程で開催しようと提案してきたのであった。例えば七夕まつり辺りなら時期も近いし、航空運賃の割引きもあるから良いのではないかとこれまで何度も提案してきたのだが・・・。

これが、なかなか上手く説得できなかったのだ。

反対された理由には、様々なモノがあるのだが、一番のネックは平原まつりが寂しくなってしまうからであろう(であれば予算をつけてくれればすぐに解決する問題なのだが・・・)。

今日の会議は、様々な建設的意見が出された。

しかし、今日の時点では、一番の問題点である芸人の招聘費の工面が何としても成り立たない。

補助金に頼らずに、独自の集金方法で必要経費を工面する方法を皆で色々と考えたのだが、帯に短しタスキに長しという奴である。

せっかく14年間も続けてきて、大道芸の面白さがようやく認知され始めてきたところだと云うのに・・・。

結局、今日は来年の開催についてのGOの結論は出なかった。

今週中には「平原まつり実行委員会」の反省会が開催されると云うし、勝毎と平原通商店街との話し合いも持たれると云う。

そこでの、意見を踏まえて、9月末に再度会議を持つことで終了したのであった。

今日の勝毎の「まちの声」欄にも、大道芸を続けて欲しい旨の投書が載っていたが、大道芸を楽しみにしてくれている人は他にも大勢居ると確信している。

とにかく、大道芸に理解の無い、お偉方に何とか理解してもらうだけなのだが、これが簡単なようで実は一番難しい問題なのである。

何とか来年も開催できるように努力するだけである。