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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2019-05-01-Wednesday 義母の四十九日法要

妻の母が3月14日に急逝心筋梗塞で急逝した。

速いもので、今日は、その四十九日法要だ。

図らずも令和の初日である。

法要を営んだ北海道ホテルの担当者からは「令和最初の法要です」と言われたが、別段企図したわけではまったくない。偶然だが、今日がちょうど四十九日目なのである。

義母の兄弟姉妹たちも皆が高齢になっており、身体の具合もあちらこちらに不具合が生じているようで、急に出席が叶わなくなった人もいる。

妻は、明るい性格だった義母に合わせて明るく送ってあげたいと言う。余興に私にマジックを演じてくれと言うのである。

親類だけのこじんまりとした会であるから、まぁ、それも良いであろう。

法要が終わった後で、お墓に行って納骨をした。

その瞬間だけ雨がパラパラと降って来て、さも、お別れを演出してくれたようであった。

東京から出席した義姉を空港まで送って行き、これで一区切りがついた。


■2019-05-02-Thursday 父の祥月命日

昨日の義母の四十九日法要に続き、

今日2日は、私の父の祥月命日である。

父は27年前の平成4年5月2日に満64歳で亡くなった。去年27回忌法要も終えている。

我が家は、商売をしていたから、土、日、祝日などに休む事が出来ない家庭であった。だからGWも家族で何処かに遊びに行くという習慣がなかった。

だが、父が亡くなった頃には、貸しビル業が主な仕事になっていたから、土、日、祝日は会社を休みにすることも可能になっていたのである。

しかし、父がGWの中間の2日に亡くなったことで、長男である私は、GW中に何処かに遊びに行くということが出来なくなってしまった。

だから、今年の10連休も遊びに行く予定など入れてはいない。

まぁ、GWはどこも混んでいるし、値段も高いからと、自分に言い聞かせて諦めるしかない。

我が家は、先代の勝が明治38(1905)年に帯広で「坂本勝玉堂」を開業した。勝が北海道に来たのは明治36年に池田町利別に入っているが、それは父の頃から計算に入れていない。あくまでも帯広での開業を創業年にしているのだ。

だから、来年が創業115年になる。

勝が亡くなったのが昭和29(1954)年であるから会社の長だった期間が49年間。

父の圭司が亡くなったのが平成4(1992)年であるから、父が社長を務めていた期間が38年間ということになる。

私が3代目であるが、父が亡くなってから27年も保ったのであるから、企業30年説からすれば、ましな部類であろうが、まだまだ先代、先々代には及ばない。

勝と圭司の差が11年であるから、圭司と私の差も11年だとすると今年・・・。

はたして、私は後何年もつのであろうか?


■2019-05-03-Friday オープン

弟夫婦がカフェをオープンした。

弟の嫁さんの実家が帯広市大正町に持っていた「おのでらファーム」の小屋を改造してブルーベリー製品を主流にしたカフェを開店したのだ。

10連休中のもっと早い日にオープンさせたかったのだろうが、1日は私の義母の四十九日法要だったし、翌2日は父の祥月命日であったから、今日3日にしたのであろう。

開店のお祝いに私達夫婦と子ども2人の家族4人で食べに行って来た。

晴れてはいたが風が強かったので外での飲食は諦めて、カフェの中で食べたが、妻と娘は日替わりランチ、私はクラブサンド、息子はパンとブルーベリースムージー、それぞれ別々のモノを頼んだ。

どのメニューもとても美味しかった。この味ならOKである。

連休後は、土、日など2〜3日しか開店しないと言うから、少々モッタイナイ気もするが、人手が足りないようだ。

大正町には、生チョコレートで有名な菓子の「あくつ」もあるし、近所には焼肉屋や豚丼屋などもある。国道236号線に面していて、幸福駅の手前であるし、紫竹農場の近くでもあるし、とかち帯広空港にも近いから、これからの観光シーズンに合わせて、上手く営業したら面白いだろう。


■2019-05-04-Saturday ゴルフ

娘がゴルフがやりたいと言う。

東京の会社でゴルフサークルみたいなものに入っているらしい。東京からクラブを自宅に宅配で送って来た。

一度私と一緒に回ってみたいと言うのである。

連休中だし、ここ2〜3日は天気も良いのでゴルフ場は混んでいる。ようやく12:30スタートで一組の予約が取れた。

妻と息子も誘ったが・・・。

息子はまだ一度もゴルフをやったことがないし、妻は去年はゴルフ教室には通ったが、一度もコースには出ていない。

とりあえず、家族4人で札内川の打ちっぱなし練習場に行った。ここも物凄く混んでいる。15分ほど待って2ヶ所が空いたので男女2組に分かれて練習を開始した。

私は、4月11日に先輩から誘われて、練習もせずにいきなりプレーしたが、それ以後は練習にも、本番にも行っていない。

元々、練習場で打つ、単純な練習は好きではないのだ。

息子に教えながら私も20発ほど打った。

息子はまったくの初めてでクラブを持つのも2回目と云う。それでも結構空振りもしないでクラブに当たって前に飛ぶが、このレベルでゴルフ場でのプレーはまだ早過ぎる。

プレーするのは、私と妻と次女の3人でして、息子は見ていると言う。

ゴルフ場に行ったら案の定混んでいた。

週刊新潮だったか文春だったかに、倉本昌弘が、ティマークに拘るな、どこから打っても楽しければ良いとか書いていたので、家族だけの遊びでもあるから、私もレディースティから一緒に打つことにした。

これが楽なのなんの、私は1バーディ、3ボギーの38回で回ったのである。

妻も娘も、前後の組がユックリであったので、焦って打つこともなく、ユッタリとプレーすることが出来た。

妻は、ゴルフって結構楽しいじゃないと言う。10年程前に一度だけ一緒に回ったことがあったが、教えると怒り出すのだ。だから、今回は一切教えないで好きにやらせたのである。それが良かったらしい。

キャディさんも良い人であったので、スコアは別にしても妻も娘も楽しいゴルフであったようだ。

ただ、とても疲れたから、ハーフで止めるという。私は調子が良かったがこれ以上続けて、妻が疲れるとイライラし始めるであろうから、素直に止めて帰ることにした。

すると、見ていただけの息子が、帰りに、練習場に行きたいと言うのである。また札内川の練習場に寄って、気が済むまで打たせて帰宅した。

帰宅したら、こんどは皆で温泉に行くと言う。

十勝ってなんて良いところなのであろうか。


■2019-05-06-Monday 連休最終日

明日は10連休の最終日

5日には娘と息子が東京と岐阜に戻り、寂しくなった。

10連休と云っても、私はずっと帯広に居たし、1日は義母の四十九日法要、2日は父の祥月命日と法要が続き、3日は地階の小劇場の下見に舞台照明の専門家が訪れてくれた。

5日はマジック・ミュージアムに3組の観客が来場してくれて、休みらしい休みはほとんど無かったが、銀行などは休業しているので、連休明けには人々が殺到するであろうから、その為の準備が必要だろう。

我が社では妻が経理の仕事をしているので、会社に行って仕事がしたいと云うから、私も付き合ってマジック・ミュージアム関係の仕事をやった。

日本の政治家の意識って世間から、かなりズレていると感じる。

日本人を休ませる為に10連休にしたと誇らしげに言うが・・・。

10連休たって、大企業や公務員などは休めるかもしれないが、中小零細企業や観光業に携わっている人は休むことは出来ない。

誰かが休めば、誰かが働かなければならないのは道理である。

交通機関は混雑するし、ホテルなども満杯。値段も高いし、なによりユッタリ出来ないだろう。

テレビでは、食事をするのに何時間も並んだとか放送していたが、休暇どころか疲れに行っているみたいに見えるがなぁ〜。

法律で休日を増やすよりも、確実に有給休暇を、銘々がバラバラに取得出来るようにした方が、遥かに良いと思うのだが・・・。

どうも最近は、国が定めた祝祭日や休日が多過ぎるように思うのである。

この10連休には曜日の感覚が無くなってしまったし、銀行が休みなのはちょっと困る。

もっと全体のバランスってもんを考慮して欲しいものだなぁ〜。


■2019-05-07-Tuesday 師匠の命日

マジックの師匠である故ジミー忍師の

祥月命日が近づいて来た。

ジミー忍師の没年月日は1995年5月11日で、生年月日は1943年6月26日である。

仏教徒だったら、享年とか行年とかで1歳足すとか2歳足すとか色々あるので紛らわしいが、師は無宗教であったから、満年齢で記すと51歳と云う若さで亡くなった。

無宗教だから、「何回忌」とか云うのはしないのであろうが、「没後何周年」と云うのはどうなんだろうなぁ〜。

周年なら今年が25周年で四半世紀目と云うことなんだろうがなぁ〜。

今年の3月27日〜4月17日までの間に14回に渡って十勝毎日新聞で連載した「世界一のマジシャン島田晴夫物語」みたいに、ジミー忍師の回想録を書こうと思っていたのだが・・・。

去年の3月末に師匠夫人には、マジック・ミュージアムのプレ・オープン日に合わせて行った、私などの弟子と夫人との会談を録音したものを文章に起こした原稿を「赤ペンを入れて欲しい」と渡してあるのだが・・・。

去年の4月中旬に、息子さんが出演するミュージカル「メリー・ポピンズ」を一緒に観る為に東京で会った時には「忙しい・・・」と云うし、5月初旬に電話した際には、また「今、忙しい・・・」と云うので、「ゆっくりで良いですよ」と答えたのであるが、さすがに1年以上も放ったらかしでは・・・。

私が小説を書く訳ではないのだから、想像だけで書く訳にはいかない。回想録はインタヴューを基にしてしか書くことは出来ないのである。

私の頭の中に、話の内容がまだ残っている内に作業を進めないと・・・。

こういう作業には「勢い」が必要だと思うのである。

「島田晴夫物語」はロサンゼルスの島田晴夫邸に今年の2月17〜20日まで行ってインタヴューを行い、帰国してすぐに書き上げたのである。

新聞用に、編集し直す作業に多少は時間が掛かったが、3月中旬には全部書き終えていた。およそ1ヶ月間で書き終えているのである。

これぐらいのスピードでやらなければ・・・。

師匠夫人には「島田晴夫物語」を印刷したものを、4月18日には郵送しているのだが、今日まで連絡は全く無いままである。

今年の師匠の命日にも間に合わないなぁ〜。


■2019-05-08-Wednesday 伝記物

今回、初めて他人の伝記の様なものを書いたが、

「世界一のマジシャン島田晴夫物語」を書いてみて分かったことは、書く対象人物が存命で、当人からも直接インタヴューが出来るのならば、まだしも書き易いのだが、対象人物が亡くなってしまっていて、家族等からインタヴューして書くというのはかなり難しいだろうなと感じたことだ。

島田晴夫さんは、明け透けに自分の恥部や失敗談なども全てを曝け出して話してくれたし「私が話したことは全て書いてもらっても結構ですよ」と言ってくれたのだ。

それでも、書きながら、本当にこんなこと書いてしまっても良いのだろうか?と何度か躊躇することもあったのだが、本人に原稿をチェックしてもらっても、苦情などは一切無かったし、「面白いですね〜」と喜んでくれたから、気が楽になって、筆が進みとても書き易かったし、それだからこそ、島田さんの人柄が表出したのであろう。

忖度しながら書いたのでは、面白いものは書けない。

何せ、本人が良いと云うのだから、それでOKなのである。

しかし、対象人物本人が亡くなっていて、家族からインタヴューしたのでは、その家族も本人の名誉や名声を傷つけたくないと思ったら、失敗談や恥部は明け透けには話してくれないであろう。家族といえども遠慮が働いてしまうのではなかろうか。

そうなると、対象人物の人柄に、家族のフィルターが掛ってしまうし、それを聞いて他人の私が書くとなると、更に忖度が働いてしまって、良いことばかりや恰好をつけた話だけになってしまう可能性が高くなる。

それでは、面白いモノは書けないし、肝心の人柄を表現することは出来なくなってしまうであろう。

やはり、本人が生きている内にインタヴューだけはしておかないといけないのだろうなぁ〜。


■2019-05-10-Friday 初コンペ

今日、今年最初のゴルフコンペがあった。

地元の金融機関主催のゴルフコンペが十勝カントリークラブで開催された。

今年、ゴルフは、これまで1.5回しかやっていない。4月に先輩から誘われて、練習を全くせずにワンラウンドをやり、連休中には家族でハーフをやっただけである。

一昨年、2ヶ月間札幌の北大病院に入院したせいなのか、去年は飛距離が20ヤード程も落ちてしまった。身体がなまってしまったのかもしれない。

今日のラウンドでは、アイアンの飛距離が去年より15ヤード程も飛んでいるのだ。去年のつもりで打つと、ことごとく旗竿をオーバーしてしまうのである。

それでも、一昨年以前と比較すると、差し引きまだ5ヤードのマイナスなのであるが、飛距離が戻りつつあるのは嬉しい。

去年は、ラウンド中には必ず足のフクラハギが攣ってしまったのだが、今年はまだ足が攣ることはない。やっぱり2ヶ月間の入院というのは筋肉がゆるんでしまうものなのだなぁ〜。

今年は、これまではゴルフに対するヤル気が失せていたのだが、今日のゴルフで、俄然、気分が良くなって来た。

まだまだドライバーの飛距離が戻っていないが、なんだか、今年は回復しそうな気がする。

少し筋トレでもやって、ゴルフも頑張るとするか!


■2019-05-11-Saturday グリーンブック

映画「グリーンブック」を見て来た。

例に依って「夫婦50歳割引き制度」で一人1100円、夫婦2人で2200円はコストパフォーマンスが優秀な娯楽である。

「グリーンブック」と云うのは、1960年代のアメリカ南部を黒人が旅行する際のガイドブックの名称らしい。

南部の黒人差別は、かなり酷くて、レストラン、ホテルは白人オンリーの所が多く、トイレも別である。

インテリでジェントルマンで繊細な天才ピアニストのドクター・シャーリーが黒人。粗野で腕力があって、言葉巧みに機転が利くイタリア人のトニ—が、黒人ピアニストのコンサートツアーの運転手として雇われる話。

アカデミー作品賞を受賞した映画であるから、見てみたかったのである。

まぁ、面白かったし、笑える場面も多かったが、アカデミー賞を取るほどの作品かと云うと・・・。

実話を基にした作品だと言うから「へえ〜」と思うところは多かったが、それ以上のモノは感じなかったなぁ〜。

脚本を書いた一人が、トニーの息子だと言うから、かなり父親を美化しているような気がするなぁ〜。

身内が身内の伝記を書くとこうなるんだろうなぁ〜。

アカデミー作品賞にしては、少々物足りなかった。


■2019-05-12-Sunday 母の日

今日は母の日だから

妻が3日に開店した弟夫婦のやっている大正町のブルーベリー・カフェにドライブがてら連れて行ってあげましょうと言う。

母は近頃は、食事も細くなっているのだが、今日は日替わりランチを完食した。食後に母が大好きな抹茶を頼んだら、美味しい、美味しいと喜んでくれたので母の日のプレゼントとしては最適であったろう。

食べ終わってから、もっとドライブでもしようか?と聞いたら、疲れたから帰りたいと云う。運動するわけではないのだが、やはり出歩くのは疲れるようだ。

母と一緒に墓参りをするつもりでいたが、母を置いて、夫婦2人で墓参りに行く。月曜日にも行ったばかりだが、母の日に3月に急逝して5月2日にお墓に納骨した義母の墓前にカーネーションを供えたいと言う。

墓参りのついでに霊園近くののゴルフ練習場に行って十数発打って来た。

今年の課題はドライバーの飛距離の回復である。去年から全く球が上に上がっていかないのだ。弾道が低いから飛距離も伸びない。

練習場では、私のレーンの隣で試打クラブのコーナーをやっていた。係員が私に「試してみませんか?」と話しかけてくるので、何本かドライバーを試し打ちさせてもらったが・・・。

どうれもしっくりこないのである。

打ち過ぎて疲れたので自宅に戻る。

途中、車の中で「そうだ!今日は庭でジンギスカンをやろう」と思い付き、馴染みの肉屋に寄ってジンギスカンとコンビニでビールを購入したのであった。

一昨年の癌の治療以来、お酒を飲みたいと思う日が少ないが、外ジンギスカンには、やはりビールが必需品である。

少々寒かったが、やっぱり炭火で焼くジンギスカンは美味しいなぁ〜。


■2019-05-13-Monday 限界

3階のマジック・ミュージアムのスペースが満杯で、

もう飾る場所が全く無い状態なのであるが、相変わらず毎日の様にモノが届いているので・・・。

もともとゴチャゴチャし過ぎだと言われていたのに、益々ゴチャゴチャして来た。

4階と5階の倉庫にも段ボール箱が積み上がっている状況である。整理しようにも、整理するスピードよりも増えるスピードの方が早いのであるから・・・。

展示場所の階層を複数階にすると管理が難しくなってしまう。それでなくても私1人しか居ないのであるから・・・。

どうしよう。困ったなぁ〜。

現在は、マジック道具も衣装も絵画も書籍も全部を同じ場所に展示しているのだが、解決策のひとつとしては、昔の様に、図書館と美術館と資料館を分ける方法があるのだろうが、これとて階層は分かれてしまう。

先頃、東京のマジックランドの小野坂東さんから「7月にアメリカからプロマジシャンのマックス・メイビン氏が来日するが、マジック・ミュージアムを見たいと言っている・・・」との電話が入った。

いよいよ世界的なミュージアムになってきたのかと思うが、はたしてこのゴチャゴチャな状態を見せても良いものなのだろうか?

ウ〜ム、また悩みがひとつ増えてしまったぞ!


■2019-05-14-Tuesday ゴルフ

いよいよ今年もゴルフシーズンが到来した。

今日は、ジュエルクラブと云うお疲れ様です帯広青年会議所のゴルフ好きの仲間で作っている会の、今年第一回目のコンペが開催された。

私よりも若い人と回ると、私の勘違いがハッキリとした。

前回のゴルフのことを書いたブログで、私の飛距離が戻っていると書いたのだが、これは誤りであった。

帯広は今年、極端に雨が少ない。その為に地面がカラカラに乾いていて固くなっているのだ。だから球が止まらずにコロコロとよく転がるので、飛距離が出ているとの錯覚を起こしていたようだ。

どうやらキャリーの飛距離は去年と、さほどの差がないような感じなのである。

これから雨が降って、地面が柔らかくならないと完全な比較は出来ない。

ぬか喜びだったかもしれないと思うとガッカリしてしまった。

それでも、今年は去年よりもゴルフの回数を増やそうと考えている。

皆から「お前、太ったなぁ〜」と私の肥えたお腹を見て云うのである。

私も、はけるズボンが無くて困っている。

真剣にお腹を引っ込めることを考えたい。もはや激しいスポーツは出来ないから、ゴルフで歩くのが私にとっての健康法と考えたい。

さて、今年は何回行けるであろうか。


■2019-05-15-Wednesday お酒

お酒が好きで・・・、

高一から飲み始めた。

一番最初は、父親が晩酌で飲んでいた日本酒を夜中にクスねて飲んでいたのだが、父は毎晩きっちり2合しか飲まないから、私が盗み飲みすると母親が「何だか最近お酒の減るのが早くなった・・・」と云うので、このままではバレると思って、次は祖母が作っていた梅酒をクスねて飲んだのだが・・・、梅酒の元は焼酎(甲種)であるからアルコール度数は20度あるのだが、砂糖も入れて作るので甘ったるくて気持ちが悪くなったから数回飲んだだけで止めたのであった。

次はビールを自動販売機で買って飲んだのだが、アルコール度数が低くて酔えない割に高額なので、高校生のこずかいでは無理であった。

仕方がないので、ウィスキーにしたのである。

ウィスキーも最初は、サントリー角サン、やホワイトであったが、飲む量が増えてくると、高いウィスキーが買えなくなって、レッドになり、ダブルレッドになり、最後はトリスになった。

水で割ったりすると、グラスが必要になるから、キャップに入れてストレートで飲むのである。

大学生になって、家を離れたから、ようやくロックや水割りで飲めるようになった。

以来、ほとんど毎日欠かさずに飲んでいたのだが、一昨年に2ヶ月の入院をした後から、どうもお酒が美味しく感じなくなったのである。

以前は飲み始めたら、酔っ払うまでず〜っと飲み続けたものだったし、私のお酒は酔っ払ってもからんだり、乱れたりするということがない、酔うと多少おしゃべりになる程度の楽しいお酒であった。

それが、最近は、せいぜい飲んでも3杯くらいまでで、以前の様にトコトン酔っ払うまで飲むということがなくなったのである。

だから夜の街に飲みに出るということが全くなくなったのである。

せいぜいが、食事しに行った際に、ビールやワインなどをたしなむ程度に2〜3杯飲むだけなのである。

こうなると、お金を使わないこと・・・。それこそ若い頃は毎日のように飲み歩いていたし、それも1軒だけではなく何軒もハシゴするのだから・・・。

今思えば、払った酒代で、家が一軒くらいは建ったんじゃぁないだろうか?

お酒を飲まない代わりに、アイスクリームやチョコレートなどの甘いものを食べるようになったから太るんだろうなぁ〜。


■2019-05-16-Thursday 結婚記念日

今日は結婚記念日である。

結婚したのは、昭和60(1985)年であるから今回で34回目だ。

昭和の終わりに結婚、平成の間は離婚もせずに無事に通過し、遂に令和に突入したのである。

西暦なら34年間続いたと云うそれだけなのであるが、年号だと3つの年号に渡って結婚生活が続いたかと思うと、何だか意味深く感じるから不思議なものである。

夫婦2人で食事をしに、馴染みのイタリアンの店「タベルナ センナリ」に行った。美味しい料理と会話を楽しんだのだが、34年間も一緒に居て、まだ話題が尽きないことは素晴らしいことである。

パスタやチーズ料理、牛ステーキなどを食べたが、お酒はビールとワインを1杯ずつだけ。

結婚記念日だと告げたら、最後にデザートをサービスしてくれた。とても美味しいアイスクリームであった。

食後に、坂本ビル3階のカラオケ店「時遊館」に寄って歌を歌う。おおきな声を出して歌うのは健康にも良いし、ストレス解消にもなる。

自宅に犬を置いて来ているので、あまり長時間留守にすると、犬が拗ねて癇癪を起すから、1時間で切り上げて戻ったのであった。

結婚記念日のプレゼントは無し。夫婦仲が良いことが最高のプレゼントであろう。


■2019-05-18-Saturday 痩身

履けるズボンが2本しかなくなった。

このズボンとてお腹を引っ込めながらボタンやチャックを留めて、ベルトでギュッツと締めるから履けるようなもんである。

ベルトの上にお腹の肉(脂肪)がデレンと乗っかる様に被さる。

鏡を見ても不格好この上ない。27年前に亡くなった父親の昔の写真を見ると、病気になる前の体型そのものである。これはDNAのなせる業か?

お腹の肉の圧力に耐えきれず、革のベルトが穴が伸びて、遂に切れてしまった。革のベルトが切れるなんて、これはいよいよマズイぞ!

ウエストをメジャーで計測したら、何と100㎝!ついに三桁になってしまった。

お腹が前に出るから、腰が反って、その反動で首が前に出て猫背になる。

腰痛が酷くなるし、肩も凝る。

それよりも、鏡で横から見たらまことにミットモナイのだ(前から見てもミットモナイ)。

以前に買った、お腹に貼り付ける低周波の装身具を引っ張り出して装着してやり始めた。

昔から、道具を買うのは好きなのだが、三日坊主ですぐに物置行きにしてしまうのであるが、今回はいささか真剣なのである。

朝起きたら、この装身具をお腹に貼り付けて、背中を伸ばす体操をベッドの上で40分している。夜に寝る時も同様だ。

体重を記録すると良いと聞いたので、毎朝計測しているが、一向に減らない。

お酒を飲んでいないのになぁ〜。おかしいなぁ〜。だが、今回はあきらめないゾ。

目標は7月までにウエスト80㎝!

先に公に宣言しておいて目標を達成するゾ。


■2019-05-19-Sunday 山野井さん

千葉から山野井孝有さんらがマジック・ミュージアムを訪問してくれた。

訪問してくれたのは「戦争はいけません〜元従軍看護婦 戸田ノブ99歳の思い」の共著者である山野井さんと後藤眞理子さんのお二人である。

山野井孝有さんは、「世界最強のクライマー」と呼ばれる登山家の山野井泰史さんの父親でもある。

泰史さんと奥さんの妙子さん夫婦は共に登山家で、TBSテレビの「情熱大陸」でも紹介されたが、サポート・チームから支援を受けることなく、酸素ボンベも固定ロープも使わず完全に自分の力だけで山頂を目指すアルパインスタイルの第一人者だ。

アルパインスタイルは登山の中でも最も難しく危険だと言われている。

私の趣味はマジックで、完全なるインドア派であるから、アウトドア派の最たるものである登山は全くの門外漢で興味も無かったし、登山をする人の気持ちは未だに理解することが出来ないが、山野井孝有さんとのお付き合いから泰史さんのことを知ることになった。

山野井孝有さんとの出会いのキッカケは、アメリカコロラド州ボルダー市在住の秋間美江子さんである。

泰史さんが若い頃に、ボルダーの岩山の壁を登っているときに落っこちて骨折をし、半年間ボルダーの病院に入院したことがあったと云う。

病院のボランティアをやっていた秋間さんが、泰史さんの通訳やら世話やらをしたそうだ。

アメリカの病院は、健康保険が利かないから、患者が払えるお金の金額次第で治療法が変わるのだそうだ。

父親の山野井孝有さんは、秋間さんに依頼して、泰史さんの治療、入院の世話をしてもらったのだと云う。

私と秋間さんとのつながりは、1995年に帯広青年会議所の「国際環境大学構想プロジェクト」の視察でボルダー市を訪れた際に、秋間さんご夫妻に大変にお世話になって以来、お互いの家を行き来する間柄になった。

つまり私と山野井さんは、「秋間美江子」さんつながりなのである。

1941年12月8日、日本軍による真珠湾攻撃の当日に起きた冤罪事件「宮澤・レーン事件」で、秋間さんのお兄さんである北大生宮澤弘幸さんがスパイの容疑を掛けられて逮捕されるという冤罪事件が起きた。

当時の特高に依るでっち上げ逮捕であった。

弘幸さんは終戦後(45年10月)に釈放されるも、過酷な獄中生活で身体が弱っており47年2月22日に27歳で死去された。

山野井孝有さんら有志は、2013年「北大生・宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」を結成、私も世話人に名を連ねたのであった。

山野井さんとは、その頃からのお付き合いである。

ボルダー在住の秋間美江子さんは現在92歳、東日本大震災の際にはアメリカから駆け付けてボランティア活動をした熱血女傑であるが、近況を伺うと、最近、転んで入院をしたと言うし、全身に癌を抱えていて、来日することは難しい状況であると云う。

元気になって、またボランティアで活躍して欲しいと願っている。


■2019-05-20-Monday 朝ドラ

NHKの朝ドラ「なつぞら」の前半の舞台は十勝である。

これが、かなりの影響をしているのだろう。我が社(北海道民芸品の店さかもと)に毎日の様に「熊の木彫りはありませんか?」とか「鮭の木彫りの額はありませんか?」との問い合わせや来客がある。

私も朝ドラは毎朝見ているが、先週は熊彫りの職人が出てきたり、柴田家の居間には、鮭の木彫り額が掛かっているからなのだろう。今年春の放送が始まってから急に問い合わせが増えたのである。

木彫りの職人さんは、その多くが高齢になって廃業してしまったり、亡くなったりして人数が激減しており、北海道の土産品も、かつての熊の木彫りから、お菓子に取って代わられて、問屋も廃業したところが多く、小売店も札幌でさえ激減しているのが実情である。

たまに、熊の木彫りが欲しいと云う客が来店することがあるが、小さくて安価なモノは我が社には現在置いていない。

帯広の近くならば「阿寒」のコタンに行くか、旭川にでも行かなければ木彫りは入手できないのだ。

我が社に置いてあるのは、著名な職人が彫った高額な「一品作品」で、みやげ物と云うよりは芸術品に近い扱いのモノばかりなのである。

商売気がまるで無いものだから、このブームに合わせて仕入れようなんて気もサラサラ起こさない。

朝ドラも来週からは舞台が東京になってしまうしなぁ〜。


■2019-05-21-Tuesday 駒大寄席

駒澤大学同窓会十勝支部の設立20周年である。

総会の日に合わせて、同窓生以外の一般の方にも開放して開催している「落語会」は、もう恒例になっている。

「今年はいつ頃に開催するんですか?」の問い合わせが私の会社にあるほどだ。楽しみにしていてくれる方が多く居るということだろう。嬉しい事である。

今年は7月13日(土)13時から、とかちプラザのレインボーホールで開催するが、20周年記念と云うことで、例年よりも出演者数を増やして3人の同窓芸人を招聘して「駒大寄席」として開催することが去年から決まっている。

招聘するのは、もうすっかりお馴染みになった三遊亭王楽と今年新たに三遊亭ふう丈の2人の落語家、更に、これまた新たに江戸太神楽の花仙の合計3人である。いずれも駒澤大学の卒業生の芸人である。

入場は無料であるが、一般の方は入場整理券が必要となる。

レインボーホールの定員は350名であるから、同窓会員の参加者数を100名と想定して、一般の方々の入場整理券は先着250名とさせていただくことにした。

最近の落語ブームで、十勝でも落語会が盛んに開催されるようになってきたが、普通の落語会なら3000〜4000円の入場料を払わなければ見られないであろう。3名の出演者で無料というのは、ちょっと考えられない大盤振る舞いであろうと思う。

入場整理券の希望者が殺到するかもしれないので、配布は5月27日10時からとした。

それ以前に会員に届くように、20日の18:30から、同窓会幹部が坂本ビルの会議室に集合して、会員に郵送する書類の封筒詰め作業などをおこなった。

少しでも総会に出席する同窓会員が増えてくれれば嬉しいのだが・・・。


■2019-05-23-Thursday 人間ドック

人間ドックをズ〜ッと受診しているが・・・。

去年は受けなかった。

その理由は、一昨年北大病院に2ヶ月間入院した際に全身を検査したからである。

今年も、私は必要ないと言ったのだが、妻が受けろとしつこく言う。

帯広厚生病院も新築されたことだし、このブログの話のタネにでもするかと受診することにした。

以前より受付も効率化されていて、指定された時間ちょうどに行ったら、ほとんど待たずに中に入れた。

病院嫌い、医者嫌いであるから、病院に入っただけで具合が悪くなる。本当は人間ドックは受けたくないのだ。しかし、私の前立腺癌を発見したのも人間ドックであったからなぁ〜。

特に嫌なのは胃のバリウム検査である。発砲剤を飲んでゲップを我慢しながら、動き回らせられるのは勘弁して欲しいし、終了後の下剤も嫌だし、ウンチが真白になってしまうのも気持ちが悪い。

午後2時から検診結果を聞きに再度来院したが、一昨年のデータと比較して、太り過ぎを注意された。

結局、太り過ぎが原因で、数値が悪くなっている。

数値的にはたいしたことではないが、これをキッカケにして本格的にダイエットを始めることにした。

私は、決心するまでには時間が掛かるが、一旦、決めたらトコトンやる性格である。

病院で測ったら、ウエストが104㎝、体重が81㌔。これが1ヶ月後にどうなっているだろうか?

絶対に痩せてやるぞ!


■2019-05-25-Saturday 変な天気

変な天気である。

雨がまるで降らないのだ。このままでは農家は干ばつで大不作になりそうである。

気温も高くて、5月末にしては暑いくらいだ。まだ身体がこの暑さに慣れていないから、何だか身体の調子がおかしくなってしまう。

暑いから外で何かをして倒れたりしても嫌なのでクーラーが効いて涼しい映画館に行くことにした。妻が選んだのは「コンフィデンスマン」長澤まさみ主演の詐欺師の映画であるという。

詐欺師の映画は「スティング」に勝るものは無い。二転三転するハラハラするストーリー展開に笑いの要素もあって、タネを知っても面白いマジックの様な映画であった。

どのみちスティングをモチーフにしているのであろうなぁ〜と思いながら、他の面白そうな映画は31日封切りだから仕方がない。

例によって「夫婦50歳割引き制度」で2人で2200円は安い娯楽である。

一昨日からダイエットを始めたので、いつもなら売店でポップコーンやらアイスクリームのシェイクなど買って飲み食いしながら見るのであるが・・・。

妻はコーラとポップコーンを買ったが、私は水にした。

ダイエットしている人の横で、コーラを飲みながら、ポリポリと音を立ててポップコーンを食べるのだからデリカシーがない奴である。

例によって、ストーリーはタネ明かしになるから書かないが、やはりスティングのオマージュ作品という感じがしたのであった。

映画が終わる頃になってトイレに行きたくなった。どうも水を飲み過ぎたらしい。まだエンディングロールが終わっていない。この種の映画はエンディングロールに何がしかの仕掛けがあるのは分かっているのだが、生理現象には勝てなくてまだ館内が暗い内に外に出てトイレに向かった。

映画が終わって妻が出て来て、エンディングロールの前にもちょっとしたお笑いがあったし、エンディングロールの出演者名を見るのが面白かったよと云う。何だか悔しいなぁ〜


■2019-05-26-Sunday 強烈な暑さ

昨晩の天気予報では全国版で明日の帯広では・・・、

どのニュースや天気予報でも、やたらと帯広と云う。

26日の日曜日には、福島市が36℃で、帯広は35℃になる予想であるのだという。

エッ〜ツ、5月に30℃を超えるってか!

昨日の27℃でさえ暑くて堪らなかったっていうのに・・・。

朝の5時に目が覚めた。ダイエット中だから、まだ気温が上がる前の7時に犬の散歩に出掛けた。

だが、気温は既に25℃が超えている感じである。20分間の散歩から戻ったら、背中が汗でビッショリであった。

妻が「車のタイヤ交換をしたい」と云う。

そうなんである。ついひと月前の4月26日には雪が降ったので、まだタイヤ交換をしていなかったのだ。

さすがに5月中旬も済んだら、もう雪は降らないだろうと思っていたら、何といきなり真夏日になると言うんだから・・・。

車に、タイヤを積んでガソリンスタンドに持って行ったが、それだけで汗ダクである。午前中の段階で車の温度計は外気温32℃を示している。

何ということだろう。

暑さで食欲もないからダイエットには合っているが・・・。

車のラジオのニュースではJRが運休していると言う。エッ何で!

よくよく聞いていたら暑さでレールが曲がったのだと言う。オイオイ!

家に帰ってテレビを点けたら、NHKののど自慢では上にテロップが流れていて、帯広の気温が38.5℃だと言う。5月の日本に於ける最高気温だと言う。

そうか!何でも日本一は良い!と思っていたら・・・

結局、佐呂間町に抜かれてしまった。佐呂間町は39.5℃で帯広は38.8℃だと言うではないか!残念!

「2位ではダメなんだよ!」どうせなら日本一にならなきゃ・・・

夕方に、今年初めて庭に水を撒いたが、カラカラに乾いていて、苔が壊滅状態であった。もっと早くに水を撒けば良かったなぁ〜。

北海道の家は、断熱材を多用しているから、まだ家の中はそんなに暑くはないが、このままの暑さが続いて、家の中が温まってしまうと、今度は逆に暑さが抜けなくなってしまう。

まだ、クーラーの準備もしてないというのに・・・。

熱中症にならないように水分補給をして備えなければ・・・。

それにしても、何て変な天気なんだ!


■2019-05-27-Monday 何て日だ!

昨日に引き続き今日も猛暑日である。

帯広は38.5℃で北海道で一番暑かった。どうせなら日本一になれば良いのに・・・。

昨日は日曜日であったから自宅に居るしかなかったが、今日は月曜日であるから、クーラーのある会社に居られるのでまだ楽であるが・・・。

自宅を出る際に、私がアロハシャツを着たら、妻が「ワイシャツを着なさいよ」と云うから「クールビズだろう」と答えると「だらしがない!」「勝手にしたら!」と云う。

勝手にするさ。恰好何て気にしてられるか!

それにしても5月末に猛暑日なんて、地球はどうなっているんだ。

昨夕に撒いた庭の水も、朝見たら乾いていた。ちょっとやそっとの量では中まで浸透しないのであろう。結構な量を撒いたつもりだったが・・・。

暑さで食欲が無いのを幸いにダイエットをしているのだが、昼前に札幌のプロマジシャンが訪ねて来たので一緒に食事に誘ったら、インデアンカレーを食べたいと云う。

さすがにこの暑さでカレーを食べたら、汗が止まらなくなてしまうから、蕎麦屋に行くことにした。私は普通の気温でも、カレーを食べると発汗のスイッチが入ってしまい汗が止まらなくなる体質なのだ。

私は「冷やしかしわ蕎麦」を注文したが、彼は「カレー南蛮蕎麦」を注文した。あくまでもカレーが食べたいようだ。

彼は、カレー南蛮蕎麦を食べても汗をかかない体質のようである。ヘッチャラな顔をして食べたのであった。

今日から、「駒大寄席」の一般向け無料入場整理券の配布を、坂本ビル6階の事務所で開始したのだが、今年は20周年で3人の芸人を招聘していることもあってか、150枚用意したのに、一日目で95枚がはけたのである。寄席の開催日は7月13日なのに、こりゃ〜2〜3日で整理券が無くなってしまうかもしれないなぁ〜。


■2019-05-28-Tuesday 気温

今日は一転して気温が昨日の半分の17.5℃である。

まぁ、これが5月の帯広の普通の気温なんだけど、急に20℃近くも上がって38.8℃になって、また急に20℃近くも下がるっていうのは、身体の調整機能が付いていかないから、何だか調子がよろしくないなぁ〜。

雨が依然として降っていないから、農家は干ばつの恐れがあるだろう。一日も早く雨が欲しいところだ。

お湿り程度の少量の雨ではなく、かなりの量が必要であろうなぁ〜。

朝のニュースで登戸の包丁での刺殺事件のニュースが流れた。中年と思われる犯人がその場で首を切って自殺したというから、ハッキリした動機も分からなくなってしまったのだろうが、何故に見ず知らずの他人、それも子供らを殺傷する非道なことが出来るのであろうか?

恐らく、自分の思い通りにならない世の中に対して、不満があって、それが募って恨みになったのであろうが、何故に子供がターゲットなのだろうか?

死にたいのならば誰にも迷惑を掛けずに自分一人だけで静かに死ねば良いのに、何故に見ず知らずの他人を巻き込もうとするのだろうか?

どうも最近は、車が突込んで来たり、通り魔が出たり、おちおち、道を歩くことも出来ないではないか。

これは想像する以上に、人生に悩んだり苦しんだりしている人が多いのだろうなぁ〜?これは政治の問題であろう。トランプ大統領を歓待している場合ではないぞ!


■2019-05-29-Wednesday 恵みの雨

久し振りの雨、まさに恵みの雨である。

農家に取っては、かなり遅かったであろうが、それでもギリギリ何とか間に合ったのではなかろうか。

十勝は元々、乾燥している地域ではあるが、今年は冬の雪も極端に少なかったから雪解け水も足りない状況で、今日まで雨がまったく降らなかったから、ヤキモキしていたであろうなぁ〜。

ニュースでは、中国が禁止されているフロンガスを大量に空気中にばらまいているらしいと報道されていた。偏西風に乗って韓国や沖縄方面にまで流れて来ているようである。フロンガスはなかなか分解しない性質を持っているから、オゾンホール解消の為に、世界中で空気中への放出を止めようとしているのに・・・。

金・金・金で生きてると他人のことなど構っていられないとばかりに無法な行為をする。

オゾンホールが拡がると、太陽の有害な放射線などが地球に降り注ぐから人間も肌を露出したら皮膚癌になってしまう可能性が高くなると言われているのだ。

中国に対しては、こちらの方で制裁を加えて、即刻止めさせるべきであろう。

話は変わって、「駒大寄席」の入場整理券の配布であるが、例年と違って、すごい勢いでさばけている。

坂本ビル事務所分は、残り11枚になった。とかちプラザも残りが少ないと云う。これはスゴイことになっているぞ!


■2019-05-30-Thursday 駒大寄席

駒大寄席の無料入場整理券300枚が

たったの4日間で完配した。

一般向けの無料入場整理券は先着250名と謳っていたのだが、減るスピードがあまりにも早いので、急遽、同窓会会員分の50名分を回したのであるが・・・。

例年なら、完配には1ヶ月くらいは掛かるのに・・・。

やはり、落語家2人と神楽1人の計3人の芸人を招聘して「寄席」にしたからであろうか?

普通なら3千〜4千円の入場料を徴収するような興行なのであろうが、なにせ駒大同窓会は太っ腹だから、無料でご招待してしまうのである。

新聞は「十勝毎日新聞(26日)」と「北海道新聞(30日)」の2社が記事で紹介してくれたし、ラジオも地元FM局の「ジャガ」と「ウィング」の2社、フリーペーパーも「Chai」と「どうしんデリバリ」と「しゅん」の3誌が紹介してくれたから宣伝は十分であったと思う。

さすがに15年以上も、無料開放を続けていると、楽しみに待っている一般の方々も確実に増えているのであろうなぁ〜。

残りの入場整理券は、曹洞宗のお寺か、同窓会十勝支部の役員がまだ若干は所持しているかもしれない。どうしても欲しいという方はそちらを当たって欲しい。


■2019-05-31-Friday ブロック会議

駒澤大学同窓会の北海道ブロック役員会議が、

札幌のパークホテルで開催された。

北海道に8つの支部があるが、会議は集まり易い札幌での開催となる。

今回は、初めて女性会の役員と一緒の会議である。今年10月26日には苫小牧市で第2回目の全国女性会が開催されるので、その為の議事も含まれている。

私も支部長になってから、もう10年にもなるから、皆が顔馴染みになっている。女性会の役員さんとは、初めてであったり、まだ数回目の顔合わせであるが同窓生というのは、話題が作り易いから話し易い。

札幌には集まり易いと言っても、北海道は広い。

十勝の帯広からはJRの列車で片道約3時間余、更に遠方の釧路はそれにプラス1時間余。函館からもJRで3時間以上は掛る。北見からも4時間半。

全支部が札幌で一堂に会するというのは、東京での全国支部長会議よりも大変なのである。

東京ならば、それぞれ近場にある空港から東京に向かえば約90分で羽田空港に到着するから、東京に出るよりも、札幌に行く方が時間的には掛るのである。

私は、今回は日帰りで行ってきたが、朝9時に自宅を出て、夜の10時半に自宅に戻るのは、体力的にも結構堪える。かといって札幌に宿泊すると、ホテル代にプラスして、夜にすすきのに飲みに出てしまうから、余計な出費が増えてしまう。

でも、東京に行ったら、宿泊するし、せっかくだから、遊んじゃうけどね・・・。

自動車を運転して行けば、高速道路代とガソリン代を合わせても1万円以下であろうから、金額的には安くはなるが、私は車の運転が好きではないし、JRで行って、車中で読書したり書類に目を通したりも出来るから、その方が楽であるし、時間を有効に使用できるのだ。

会議は15時からであるから、街中で歯科医院を開業している従弟を訪ねて、一緒に昼食を食べて近況報告をおこなった。

札幌出張も有効活用しなくっちゃね。