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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2012-01-17-Tuesday 16日

16日月曜日のニュースから

イタリアで全長290m、高さは17階建てのビルに相当する大きさがある豪華客船が座礁転覆して6名の死者も出ているとのこと、何でもイタリア人の船長はサッサと一人で逃げ出したというから驚きだ。

この船長は、同船の給仕係にサービスする為に、給仕係の出身地の島に近づいてみせて座礁したのではないかという報道もあるが、本当だったら呆れてしまうニュースである。この豪華客船の損失は一体いくらになるのだろうか?

まだ船内には客が残されているというのに、この船長は救助に戻ることを拒否したという、一人でサッサと逃げ出して、避難の為の船内放送もしなかったらしいから、どこまで責任感の欠如した人間なのだろう。

どこの国でもリーダーの資質に欠けた人間がリーダーをやるとトンデモナイ事態が起こる。これは明らかに人災である。

入学式や卒業式での国歌斉唱の際に起立しなかった教職員に対する懲戒処分などを巡る裁判で、最高裁は処分が重すぎるという判決を出したというニュースであるが、これには最高裁の考え方がオカシイのではないかと感じた。

私は国旗や国歌に対して敬意を払うのは、人間として当たり前であり、例えどこの国の国旗や国歌であっても敬意を払うのは、信条が右傾向でも左傾向でも関係なく、人間として最低限のマナーであると思っている。

日本の国旗や国歌に敬意を払わない人達というのは、たとえばスポーツの国際試合などで、相手国の国旗掲揚や国歌斉唱の際にも立ちあがらないのだろうか?

少なくとも日本と云う国は法治国家であるのだから、例え「悪法であっても法律は法律である(私は悪法だとは思ってないが)」。

もしも悪法だと思っている人が大勢居るのなら、選挙で政治家の多数を取って、法律を変えれば良いではないか?

自分の考え方には合わないから、自分は好きなようにするというのはダダッ子と同じである。極端なことを云えば、法律ではゴミを捨ててはいけないと書いてあるが、自分はゴミを捨てたいから捨てるのだというのでは世の中は機能していかない。

今の日本の国旗の日の丸が戦争の旗印だったとか、君が代は天皇を称える歌だから嫌だというのなら、日本人をやめれば良いではないか。

以前にもこのブログに同じことを書いて、教職員と思しき方々数名からクレームが入ったが、私はそう思っているのだからこの信条を変えるつもりは全くない。

帯広北高校の教頭でチアリーディング部の監督をしている男性教師が、女子部員に不適切な行為をして、同部の2年生10人全員が今月5日に退部したことが分かったというニュースが入った。

不適切な行為って何だ?と思っていたら、特定の女子部員を呼び出してネックレスを贈ったり「結婚しよう」と迫ったり、身体に触ったりしたというのであるから驚いた。

この教師の年齢や名前は新聞には出ていなかったが、新聞には、学校関係者は「それに近いことがあったのは事実だが、いずれも生徒を励ます為のコミュニケーションの一環で受け止め方の違いである」との説明をしているというが・・・。

今の時代、異性のコーチや監督というのは仕事がやりづらい世の中になっているようだが、今回のケースはアブナイ奴が教師をやっている類の事例ではないのか?

大学入試センター試験でトラブルが続出している。

なぜ、毎年、毎年こんなに混乱が生じるのだろうか?

そもそもこの制度自体が不適切なのではないだろうか?何だか全国一律という試験制度自体が時代に合わなくなっているようにも感じる。大学はもっと各々の大学で入試方法から特徴を出しても良いのではないだろうか?