澤田さんは「てなもんや三度笠」や「花王名人劇場」などの人気番組を手がけたメディアプロデューサーである。
面識はなかったが、澤田さんの手懸けられた番組が大好きで良く見ていた。それこそ子どもの頃は「てなもんや三度笠」から見ていて、当時はプロデューサーのことなんか分かるはずもなかったが、藤田まことが演じる「あんかけのトキジロウ」が生放送風(撮って出し:編集をする時間が無いような素材を、撮られた状態のまま無編集で放送すること)の番組冒頭でカバに似た役者の原哲男との掛け合いで「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」と言うのが流行って、未だに「あったりまえだのクラッカー」が口をついて出てくるほどである。
澤田さんは大阪府の出身で1955年に朝日放送に入社。「てなもんや三度笠」「スチャラカ社員」などのコメディー番組や、「ただいま恋愛中」「新婚さんいらっしゃい!」といったトーク番組を企画・制作し「視聴率男」の異名を取った。
その後、東京に拠点を移し、75年に制作プロダクション「東阪企画」を設立。79年に始まった「花王名人劇場」(関西テレビ)を制作し、80年代の漫才ブームの仕掛け人と呼ばれたが、花王名人劇場ではマジックも数多く放送されており、このマジック番組もずっと視聴していたしビデオにも収録していた。
私の高校時代のマジックの師匠とも言うべき「布目貫一」さんが浪曲奇術で数度出演しており、布目先生のマジックショップ(水道橋のトリックス)では、名人劇場でおなじみだったコミックマジックで有名なダーク大和さん等にもお会いしてサインしてもらったりもした。
花王名人劇場のマジック番組は「お笑い」系のマジシャンを多数世に出したが、お笑いマジック系だけではなく、島田晴夫さんのドラゴン・イリュージョンの特集番組もあった。
ここ最近はテレビの演芸番組がツマラナクなっていると感じる。澤田さんの様に芸能に深い関心と愛情を持ったプロデューサーが現れて欲しいと切望する。
コロナ禍になってから、マジック・ミュージアムの資料を整理していて、花王名人劇場関係の澤田さんの著作を数冊読んですっかり面白くなり、先日も澤田さんの著書を数冊、古書店から購入したばかりであった。
お亡くなりになる前に、一度会ってお話を聞きたいなぁと思っていた矢先の訃報であった。残念である。(合掌)