に13日から私の文章が載ることになった。北海道以外の人にも読んでもらいたいので原稿を掲載することにした。
「便利追求で失ったもの」坂本和昭 坂本ビル社長
帯広の中心市街地に、にぎわいを取り戻そうと始めた「北の屋台」の専務理事を、2007年3月末に退いた。そこで、長年、自宅の一室で平積み状態のままとなっていたマジック関係の本の整理に取りかかった。30年近くのコレクションで、部屋は足の踏み場もないほどになっていた。
私が趣味でマジックを始めたのは小学6年生の時だ。当時、帯広には手品を指導する人がいなかったため、書店を巡って関係する本を求めたのだった。
東京の大学に進むと、マジックの奥深さに一層、魅せられ、プロのマジシャンを志した。東京の古本屋を巡り歩いてマジック本を集め、初代引田天功氏の弟弟子であるジミー忍氏に師事して修行を積んだ。マジシャンになる夢こそ父親の猛反対で実現しなかったが、マジックはその後の私の人生で、かけがえのない存在となっている。
マジック本の整理にかかったのも、今は亡きジミー師匠と約束した「2人のコレクションを合わせて、将来、マジックの資料館を作ろう」という夢を実現するためだった。師の遺言により、私のもとには師のコレクションが送られてきた。結局、書籍数は5000冊に上り、部屋の一室は足の踏み場がなくなったわけだ。
資料館を開設するのであれば一般公開しなければ意味がない。さすがに自宅を資料館とするわけにはいかず、会社の一室に書棚を設けて自宅からマジック本を運び込んでは分類、整理を続け、07年夏に資料館を開設した。
でも、それで終わらなかった。師と私のコレクションには重複する本が多かったため、さらに整理が必要だったのだ。
このため、私は古道具屋の資格を取り、「日本唯一のマジック古書店」をインターネット上に開店した。
ネット書店を開いてみて痛感したことがある。学生時代には足を棒にして古書店巡りをしていたのに、今はネット上で検索をかけるだけで、全国各地の店や個人から簡単に書籍を購入できるのだ。何とも便利な世の中になった。
しかし、その分、有りがたみは薄れる。苦労せずに集めた本には愛着がわかない。コレクションは集める苦労があるからこそ、後になって思い出深いものになるからだ。
便利さを追求をするあまり、別の何か大事なものを失ってはいないだろうか。今回、マジック本を整理していて改めて、そんな思いに駆られた。
「風向計」の執筆者に、今回から「観光カリスマ」の坂本和昭・坂本ビル社長が加わります。
さかもと・かずあき1958年、帯広市生まれ。駒沢大学法学部を卒業後、プロマジシャンを目指すも断念、家業を継いで「坂本ビル」社長に。「北の屋台」設立に尽力し、国土交通省の観光カリスマでもある。