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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2011-06-05-Sunday 読売新聞風向計

2011年6月3日(金)

読売新聞北海道版朝刊「風向計」掲載

『解き放てない「思い入れ」』

物を集める習癖はどうやら男性に特徴的なようだ。 

例えば、私が好きなテレビ番組「開運!なんでも鑑定団」。鑑定を依頼する人物は男性が圧倒的に多い。番組では、妻や家族にさげすまれながらも骨董(こっとう)品を収集している男性が登場する。家族に内緒で高額商品を購入したものの、その値段を正直に打ち明けることのできない男性。自身の鑑定眼を頼りに専門家から高値を付けてもらうことで妻を見返そうとする。ところが、専門家からは「偽物で安物」と宣告されてうなだれる。そうしたシーンを見るにつけ「物の収集という行動と男は切っても切れない存在なのかもしれない」と、つい感じてしまう。

子供の頃の遊びを振り返ってみると、男の子は古くにはビー玉やメンコ、今であればさしずめカードゲームといったところか。女の子で思い浮かぶのはママゴトや人形集めだろう。

女性の多くは、年を重ねるにつれて、対象が実用的なモノに移行していくが、男性は成人になっても精神状態はいつまでも子供のまま。マジックの指南本を多数集める私の事例を引くまでもなく、何かを収集する癖を持つ男性は枚挙にいとまがない。

他人から見ればただのガラクタにしか見えない物を大事に保管している。でも、本人にとってみれば「我楽多」。すごい宝物というわけだ。

先の東日本大震災による津波被害で、貴重なコレクションを失われてしまった方々も多いのではないかと心が痛む。

もちろん生命に勝るものなどないが、津波が奪っていったのは人々のコレクションだけではない。津波に流された家屋の跡で、家族の写真を懸命に探す人たちの姿がテレビのニュースで繰り返し報じられていたのを今なお、鮮明に覚えている。家族の絆を凝縮した家族写真はかけがえのない財産だ。

大切な物というのは価格や他人の評価によって決まるわけではない。所有者の「思い入れ」の総量が価値になるのだろう。もはやそうなるとそれは単なる物体ではなく、物欲とも違う。

最近、「断捨離」という考え方が注目を集めてきた。ヨガの「断業」「捨行」「離行」が応用されているのだとかで、不要な物を断ち、捨てて、物への執着心から解き放たれることで、「身軽で快適な生活を手に入れる」ことを目指すという。

物に対する執着心とは無縁の境地になれれば、心安らかな日々が待っているのかもしれない。でも、どうやら私には出来そうにもない。