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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2012-06-30-Saturday 留萌・羽幌

留萌と羽幌に行って来た。

留萌に暮らしていた母の妹(三女)が昨年末に亡くなったが、お葬式に出席して以来訪ねていなかった。

「雪が溶けて暖かくなったらお参りしたいから留萌に連れて行って欲しい」という母の要望に応えて車を運転して出向いたのである。

私は車の運転は好きではない。特に長距離の運転は嫌いであるから、留萌に公共交通機関で行くには、帯広ー札幌をJR、札幌ー留萌を都市間バスと云うルートが私に取って母を介助して連れて行く一番楽な方法であろう思う。

しかし、足の悪い母に取っては、JRとバスの乗り換えの階段の歩きが辛いと云う。仕方がないから自動車を運転して行くしかないが、雪道の長距離運転は特に苦手だから、道路状況が良くなる今まで待ってもらっていたのである。

行くからには日帰りと云う訳にはいかないから、最低でも一泊になる。留萌側の都合もあるから、事前に日程調整して29・30日に決定したという訳なのだ。

2、3年ほど前にも母を留萌まで連れて行ったことがある。この時は私が講演を留萌支庁から依頼された時に母が便乗したのであった。今回もこの時に行った一般道ルートで行くつもりでいたが、留萌の近くまで高速道路(高規格道路)が繋がったと云うので、今回はそちらを使ってみようかと考えたのだ。

29日8時12分に自宅を出発、国道38号線で滝川まで行き、滝川インターから高速道路に乗る。深川ジャンクションで深川留萌高速道に入って幌糠で降りて国道233で留萌市内に入った。

何せ始めて通る道である。ましてや高速道路は苦手だ。留萌の親類から行き方を書いてもらった手紙を見ながらの運転である。

助手席に座っている母に、深川ジャンクションの手前で、深川留萌高速道のどこで降りる様に書いてあるか手紙を読んでくれと言ったら、目が霞んで読めないと言う。「地図には深川西インターという箇所に何やら印が付いている」と言うので、一応ここで降りてみることにした。

高速道から一般道に降りるところで、逆に高速道に昇って来る道と交差している。何て急なカーブなのだろうと思いながら手前の昇って来る道に逆走して入ってしまった。すぐに気が付いたが、道は一車線の狭い道で、バックして戻ることは不可能だから、そのまま前進したが、もしも高速道に入ってくる車があったら正面衝突だったろう。幸いにも入ってくる車がなくて助かった。一般道に出てみて手紙を読んだら、降りるのは幌糠と書いてある。もう一度Uターンして高速道に戻って留萌に向かったのだったが冷や汗もので、ドット疲れたのであった。しかし、この道の設計はオカシイ!高速道に入る道と出る道が、交差しているなんて危険過ぎるだろう。

私の様に、交差するはずなんてあり得ないと考えて手前の高速に入る車線に降りる車が多いのではないだろうか?

途中ノンストップで留萌まで入ったが、時刻は12時である。昼食を済ませて来てくれとの留萌の親類からの要請であるから何処かで軽く蕎麦でも食べようかと母に言ったら、実家の前に2軒蕎麦屋があるからそこまでまず行こうと言うので従ったら・・・。実家の近くに蕎麦屋はおろかラーメン屋や定食屋も見当たらない。グルグル近所を車で回ったが遂に食事をする店が見つからなかった。母が実家の妹(次女)に電話したら、とにかく家に来いと言うので母の実家に入った。

叔母が言うには蕎麦屋なんて20年ほども前に廃業しているというから笑ってしまった。母は一体いつの記憶で蕎麦屋が2軒もあると言ったのだろう。叔母の家で冷麦を作ってもらって、腹を満たして叔父(三女の夫)の家に向かう。叔父と叔母は同級生結婚でとても仲の良い夫婦であったから叔父はかなり傷心状態であろう。二人の娘は他所に嫁いでいるから、今は一人暮らしだ。男やもめにウジが湧くとはよく言うが、叔父はマメで、とても綺麗にしている。

仏壇にお参りした後で、菩提寺に行き焼香してから、叔父の運転する車で羽幌に向かった。

叔父を励ます為に、羽幌まで姉妹の関係者5人(母、私、次女夫婦、三女夫)で出掛けて話をしようと云うのだ。サンセットプラザハボロと云うホテルに泊って美しい夕陽を見ながら食事会をしたのである。

だが、私以外の4人は酒が飲めないのだ。私だけ酒を飲んでいたが・・・。

結局、食後は母と次女が部屋で話をし、私は温泉に入って寝てしまったのだった。