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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2013-02-24-Sunday 宮澤・レーン事件

昭和22年2月22日は

「宮澤・レーン事件」(第二世界大戦開戦の真珠湾攻撃をした12月8日にスパイ容疑で特高に逮捕された冤罪事件)の宮澤弘幸さんの命日である。

終戦によって釈放された宮澤さんが、過酷な拷問による体力消耗や満足な食事を与えられなかったことによる栄養失調などが原因で病没した日である。

この日に合わせて(実際には会場の都合で一日遅れの23日)菩提寺である東京新宿の円常寺で「宮沢・レーン事件」の真相究明や宮澤さんの顕彰をする集いが開かれる。

この集いで配布されるパンフレットは200頁超にもなる労作で、この事件の詳細や宮澤さんの人となりが分かるようになっている。これを有料で頒布して活動資金にする計画でもある。

この集いでは北大に提出する「申し入れ書」の採択も行い、26日には札幌の北大で大学側にこの申し入れ書を手渡す運びになっている。

これによって、何等かの反応が大学側から出てくることを期待しているのだが・・・。

なにやら、ここにきて北大側はかなり腰が引けている様子なのである。北大にしてみれば「宮沢・レーン事件」は無かったことにしたい事件なのだろう。

大学には自治というものがある。これは戦争当時でも同じだ。

北大は自分の大学の学生や教師にスパイの嫌疑が掛けられたら、当然ながら自治を盾に守らなければならない立場にあるはずだ。それを当時の大学側は何もしなかった。つまり「見殺し」にしたわけだ。これは北大の学風の正反対の行動であったことだろう。

だから、当時の大学関係者はこの事件に対する自らの行動を恥じていたのではあるまいか?

だから、この事件は「無かった事」として無視してしまいたいという心理が働いているのかもしれない。

しかし、60年以上も時を経た現在、当時の大学関係者のお偉方は生存していないだろうから、現在の大学関係者は、当時の軍国主義に大学自治が負けたことを素直に認めて、大学側の非を謝罪をしても恥にはならないだろうと思う。

それをへんな意地や自尊心などでねじ曲げていると、問題は大きくなるだけだろうし、社会的にも北大の価値が落ちることになると思うのである。

現在の(元国立の)大学は文科省の言いなりだとも言われているから、ひょっとすると受け入れを拒んでいるのは文科省の意向なのかもしれない。

だが、非を認めるところは素直に認めて謝罪することは、むしろ北大の評価を上げることに繋がるのではないかとも思う。

北海道人としては、北大にはクラーク博士の精神を引き継いでいる大学として官僚の言いなりにはなって欲しくないものだ。

今後の動きに注目したい。