というメールが来た。
私のブログを読んでそう思ったのであろうか?
かつてのソ連や中国や北朝鮮やカンボジアやその他諸々の共産主義国(と自分では言っている国)のことを共産主義だと捉えるなら、私は断じて共産主義者ではない。あれはただの独裁主義であるからだ。むしろ、マルクスが唱えた共産主義に歴史上一番近かったのは昭和40年代の一億総中流と言われていた日本ではなかったろうかと思っている。
私は競争のまったく無い社会は人間を堕落させる基だと考えている。官僚による統制経済は人間を堕落させる基だからだと思っている。が、しかし、いきすぎた経済至上主義よりはましだと思っていることも事実だ。
極少数の人間が富を握って、大多数の人間が奴隷のように生きる社会は健全ではないと考えている。
国民が智恵を競い合い、健全な競争をする社会が望ましい。健全な競争とは手段を選ばず他人を出し抜こうとか、騙そうとかいうのではなく。正々堂々と競うことを言う。
その結果として、より智恵を出した者、働いた者が多くの報酬を得る社会である。だから格差は生まれるのだ。機会の平等はあっても、結果の平等はありえない。まぁ機会の平等ってのもあやしいけれど・・・。
しかし、格差はある程度(せいぜいが20倍)という範囲でなければならないと考えている。
2011年の日本で一番高額の報酬を得た会社役員は、日産のゴーン氏の9億8200万円であった。2番目がソニーのストリンガー氏の8億6300万円である。
この2人が一体どれだけの働きをして会社に貢献したのかは知らない。
しかし、この金額は取り過ぎだと思うのである。
日産もソニーもかなりなリストラをして雇用を切った。
この2人の報酬の合計金額は18億4500万円である。
私見だが、日本人の一生涯に必要な金額は贅沢さえしなければせいぜい2億円程度だと思っている。
大卒のサラリーマンが22歳で入社して60歳で定年したとして実働48年としよう。ボーナスや退職金は考慮しないで単純計算すると、2億円÷48年=420万円になる。
18億4500万円を420万円で割ったら439人分の年棒に相当するのだ。彼等2人は外国人だから、これだけの金が日本から消えたことになるのではないのか?
この他にも1億円以上の高額報酬を得た会社役員は大勢居た。彼らが皆、420万円の20倍の年棒8400万円程度に最高額をおさえていたら、1000人くらいの雇用は守れたかもしれない。
数人の億万長者よりも、1000人の420万円の年棒の方が、遥かに社会に回る金は大きいだろう。
金持ちってのは案外「ケチ」が多いから、金を使わないからだ。
数人の大金持ちの施しを受けて暮らすよりも、自分で働いた金で生活する方が誇りも活力も生まれる。
だから、私は小泉純一郎&竹中平蔵の経済政策が大嫌いだったのだ。
これを共産主義というなら、共産主義かもしれないが・・・。
行き過ぎた競争は、人間を幸せにはしない。
企業が生き残る為にするリストラ、行き過ぎた効率化は、やがて社会も不幸にする。適度な競争、適度な効率化がベターなのである。
人間を幸せにする為の便利さが、人間を不幸せにしている今の社会は不幸である。