世界的な第一人者である上智大学の石澤良昭教授と昨年の年末にメールで何度もやり取りしていたと書いたが・・・。
実は、去年の11月初旬に、私の会社の隣の浅野カメラ堂の浅野祐一さんから「石澤先生のカンボジアでの研究支援の為に、また自動車を寄付することにした。近日中に石澤先生からお前の所に電話が入るようにしてあるから、坂本、お前に手配の一切を任せるのでまたよろしく頼むな!」と仰せつかったのであった。
石澤良昭先生は帯広市の出身で、帯広三条高校を卒業されて上智大学に進学された方で、カンボジアのアンコール・ワットの遺跡調査では世界的な権威の学者である。
私は1995年に帯広青年会議所で大学問題担当の副理事長を務め「帯広市大学設置審議会」の委員に井上理事長の代理で出席していた。この審議会の副委員長を務めておられたのが石澤良昭上智大学教授であった。
以来、親しくお付き合いをさせて頂いているが、1996年に活動を開始した「十勝環境ラボラトリー(TKL)」のプロジェクトのひとつである「国際環境大学公開講座」の第47回の講師として2000年7月21日に石澤先生を招聘したのであった。
この時、事前の新聞の広報記事を見た浅野祐一さんが聴講したいと申し込んで来られたのであった。浅野さんも石澤先生と同じ帯広三条高校、上智大学の出身であったからだ。
講演の題は「アンコール・ワット〜大伽藍と文型の謎〜」というものであったが、石澤先生の活動に共感した浅野さんが懇親会の席で自動車の寄贈を申し出たのであった。
というのも、土曜日の21時から放送しているテレビ「日立世界不思議発見」という番組で、石澤先生の活動が、ちょうどタイミング良く帯広に来られる直前に紹介されたのであった。その放送の中で「トヨタ」のランドクルーザーがカンボジアのぬかるんだ道路で動けなくなっている場面があったのだが、その番組を見ていた浅野さんが「ぬかるんだ道路でも走れるような車を寄贈しますよ」と言い出したのである。
「坂本!そんな車はないのか?」と私に聞かれたが、自動車のことには疎い私は「スズキのジムニーなら浜辺の砂浜も走れるそうですからジムニーはどうですか?軽自動車なんだから値段も100万円くらいじゃぁないでしょうか?」とまるでデタラメなことを言ってしまったのだった。「そうか!それくらいの値段なら寄付しますよ」と浅野さん。その場で自動車を寄贈することが決まったのだが、「手続きの一切は坂本お前がやれ!」とのこと。
後日、ジムニーは100万円の倍以上もする車だということが判明したのだが、浅野さんは「男が一旦寄付すると言ったんだから、今更値段が高いから止めますとは言えんだろう」と男らしいことを言う。
結局、石澤先生の希望で同じ値段なら大人数が乗れるボンゴタイプの車が欲しいということになって車種はトヨタのハイエースになり、年内にカンボジアに届けられたのであった。
そしてその「浅野号」の贈呈式をカンボジアで行うことになり、私も浅野さんに同行してカンボジアに行き、アンコール遺跡群を世界的な権威である石澤先生の説明を受けながら見て回るという贅沢と云うか幸運に浴したのであった。(つづく)