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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2015-06-13-Saturday 余裕

現在の世界は「余裕」を失っているようだ。

効率化がこの世の中から「無駄」を省いてきた。

私見であるが「余裕」とは「無駄」であると思っている。この「無駄」と云うのは「無価値」と云う意味ではない。むしろ「多価値」であると思っている。

人間は機械ではない。エネルギーを注入すれば動くものではない。

人の一生の内には、一見すると「無駄」に思えることも多いであろう。しかし、その時には無駄に思えた事も、後々に意味が有ったと思えることもあるのだ。それが人間なのである。

無駄の中にこそ成長の糧があるのだ。

効率化は人間の「無駄」な時間を奪い、逆に忙しく働かせた。「忙しい」と云う漢字は「心を亡くす」と書く。昔、漢字を作った人の感性に驚くばかりである。

最近の、世の中で起こっている事は、ほとんどが「余裕」を失ってイライラした人間が引き起こしているように感じるのだ。

世の中の進む方向性が間違っていると思う。

この原因は何に依るのだろうか?

私は「拝金主義」が大きな原因のひとつであろうと思う。人は効率化を推進し時間的な余裕を作りだしたはずであった。しかし、人生の価値観を「金」に求めた人達は、その時間的余裕を金儲けに使ったのだ。

人間は「金」以外の価値を持つことが心の「余裕」につながると思うのだ。

もう一方で「余裕」を生むには、人生の「安全」「安心」が重要でもあろう。政府が安心して余生を送れるような政策をとれていれば、「余裕」が生まれると思うのである。

北欧の人々の生活態度をみると、人生に余裕を感じるのだ。日本の政府がお手本にしようとしているアメリカは10%の富裕層と90%の貧困層がいる格差社会である。

どちらが良いのか歴然としていると思うのだが、拝金主義の人々には理解できないらしい。

価値観の変換をしなければ、このままでは日本も滅びてしまうだろう。