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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2024-02-26-Monday 写真はマジック!?「論壇」

2024年2月26日十勝毎日新聞「論壇」掲載

『写真はマジック!?』

「不思議」はマジックの生命であるから、しばしば科学の最先端を使用する。

やがて先端科学が世間に普及して「常識」になるとその演目は寿命を迎える。

「写真」も昔はマジックだった。写真は19世紀初め頃の発明と言われているが、暗い部屋に小さな穴が開いていると、外の景色が上下逆さまに壁に写ることを利用して、16世紀のフランスの画家たちは、その壁に映った像をトレースして絵を描くことで風景画が隆盛を迎えた。このピンホール現象によって壁に写った像を紙に定着させることはマジックであった。カメラの語源である「カメラ・オブスキュラ」はラテン語で「暗い部屋」という意味である。

江戸時代後期に写真が入って来た頃には、魂を吸い取られる魔術だと警戒していた人々も、新しもの好きの坂本龍馬らが写真館で撮ったりし始めると日本中に写真館ができて大流行した。写真が広く一般にも知れ渡るようになると、その仕組みや原理を理解していなくても誰も驚かなくなる。写真は「魔術」から「常識」へとなったのだ。

その写真が20世紀に再びマジックになったことがある。1950年代にソ連のボリショイサーカスと一緒に来日したキオというマジシャンが、観客をカメラで写した直後に客に紙を渡す、するとその紙には客の姿が徐々に浮かびあってくるという演目である。

当時の写真は撮影したフィルムを暗室で現像し、印画紙に焼き付けて乾かす作業が必須で、写真を手にするにはそれ相応の時間が必要なのが常識だったからだ。だが、ポラロイドカメラが発売された途端にまたマジックではなくなった。

フィルムカメラで写した写真は、長らく「動かぬ証拠」としての機能をも持ち合わせていたが、デジタルカメラの登場によりコンピュータを使って画像の編集が可能となったことで、顔だけ他人とすげ替えたり、背景を変えたりなどもできるようになり、写真は動かぬ証拠ではなくなった。

いまや、ほとんどの人がスマホを持っているが、スマホ搭載のカメラは、素人でも簡単に画像の編集ができる。画像編集アプリを入れたら、被写体の年齢や性別なども簡単に変えられる。

生成AI(人工知能)によるフェイク画像が世界中に瞬時に拡散する事態にまでなって、リアルなのかフェイクなのかの判別も難しくなり、写真は真実を写すものではなくなった。

もはや、マジシャン泣かせにとどまらずに、警察泣かせでもあるだろう。

これからいったい何を信じて生きていけばよいのであろうか。