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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2008-02-16-Saturday 見世物の楽しみ

2003年3月29日(土)十勝毎日新聞掲載

私が子供のころ、帯広の見世物小屋と言えば裁判所跡地(現イトーヨーカドーの跡地一帯=西3条南9丁目)であった。あの一角は草地になっていて子供たちの格好の遊び場であったし、サーカスや見世物小屋などがよく掛かったものだった。中でも見世物には一種独特の雰囲気があって、小屋が掛かっている時には入るわけではないのに毎日通ったものだ。

当時の親が子どもを叱る時には「言うことをきかないとサーカスに売り飛ばすぞ!」というのが常套句であったので、子供心にもどんな恐ろしい場所なのだろうという恐いもの見たさからムシロの裾を持ち上げては小屋の人に怒られていた。

蜘蛛女などのおどろおどろしい看板や、丸太と縄とムシロで作ったいかにも急ごしらえという仮設小屋の風情が異様であった。入り口ではおなじみの「親の因果が子に報い・・・」と物語風の口上を述べる木戸番が「おぼっちゃん、お代は見てのお帰りだよ。さぁ、入った、入った」という威勢の良い掛け声に「シメタただで見られるぞ!」と入って見たら、大きな蜘蛛の人形の胴体に人間が顔を出しているだけ。タダだから我慢するかと思うと出口で恐い顔したおじさんがしっかりと木戸銭を取っていた。

入り口と出口が別々で一方では客を呼び込み、もう一方では出していくだけの上手い仕組みになっているのだ。料金は後払いというシステムも客を入り易くしている。

でもはたしてあれで商売が成り立ったのだろうか?今考えると、一度見た人は二度とは入らないだろうし、周りの人にニセ物だからヤメておけと忠告でもされたら終わりではないかと思うのだが、何故かいつも混んでいた。まさか当時の大人だって本当に蜘蛛女がいると思って見に行く訳ではあるまい。どうやらその場のワクワク感とどんな風にだましてくれるのかを楽しみにしていたふしが見受けられる。

ただし見世物全てがインチキなものばかりではない、中には「人間ポンプ」という芸に驚いた記憶がある。人間が口から火を吹き出すのだ。ゴジラみたいですごいなぁ、かっこいいなぁと思ったものだ。

もし、これが現代だったらどうだろう。シャレで済ましてくれるだろうか。

当時の人たちはきっとお金は無かったが、心には余裕があったのだろう。

ハレの日の余興として、めったに見られない生の見世物は半分ダマされることを楽しみにしていたのかもしれない。「まち」の賑わいにはこんなバカバカしい要素も必要なのではなかろうか。