小学生の頃には、授業時間がとてつもなく長く感じられたのに、今は毎日毎日がアッと言う間に過ぎ去ってしまう。
ひょっとしてミヒャエル・エンデの小説「モモ」に出てくる時間泥棒の「灰色の男たち」が近くに潜んでいて、私の時間を盗んでいるのじゃぁないだろうか・・・
先週の26・27・28日と四国の徳島市から呼ばれて講演に行き、今週は2・3・4日と東京で「地域再生実践フォーラム」のパネリストとして参加して来た。
「スロー」という冠をつけた言葉が大流行りだが、推奨している自分がちっともスローな生活を送れていない。これは大いなる矛盾である・・・
「一日は誰にとっても24時間しかない。だから時間だけは全ての人に平等だ」と言うがこれは大間違いなのではないかと思う。現代人は便利さやスピードをお金で買って、昔に比べて何倍もの容量の時間を使っているからだ。
つまりお金で時間を買って稼いでいるようなものだ。
私が生まれた昭和三十年代と現代とでは時間の進むスピードというよりも質が明らかに変化している。同じ一日でもギュゥ〜ッと凝縮された一日になっている。
現代の老人が昔の人たちと比べても皆若いのは、ある日突然、玉手箱が開いて、全世界の人が浦島太郎のように一瞬のうちに老人になってしまうからなのではないかと心配している。