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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2008-09-18-Thursday おくりびと

母が映画を観たいと言い出した。

珍しいことである。映画好きだった父とは良く映画館に通ったが、母と一緒に映画館に行った記憶は、小学生の時分に保護者同伴が義務であった「東映マンガまつり」に保護者としてついてきてもらっただけである。父はマンガ映画が嫌いであったからだ。

我が家で母と一緒に夕食を食べている時にテレビに映った「おくりびと」のCMを見て、「この映画を観たい」と言い出したのである。では2日遅ればせながらの敬老の日を祝おうということになって昨日(17日)は食事券をいただいたホテルでディナーをとってから映画館に行ったのだ。65歳以上の客は一人1000円で鑑賞できるし、私達夫婦は夫婦50歳割引というやつでこれまた一人1000円で鑑賞できる。3人で2時間を3000円で楽しめる映画はかなり安上がりな娯楽なのである。

「おくりびと」という映画は、お葬式の時に湯灌して納棺する人を描いた作品である。人間、年を取って死期が近づくと、自分はどんな葬送られ方をするのか見ておきたいと思うのかしらん。

日本人には古来から「死」に関係する職業に従事する人を差別する、いわゆる「穢れ」の思想がある。しかし、生命あるものはいつかは必ず死ぬのである。しかも人間は生きていく以上は食べなければ生きてはいけない。食べるということは「他のものの生命をいただく」ということである。それを動物の屠殺など死に関わる部分に携わる人を穢れといい、関わらない自分は穢れていないというのは誤った驕った思想であると以前から思ってきた。だから「十勝場所と環境ラボラトリー」では「食べるという行為は、自分が生きる為に、他の生命をいただくという行為なのだ。そのことを直視して生命を提供してくれたものたちに感謝する気持ちを子供たちに伝えたい。」と考え、「環境童話制作プロジェクト」で「イオマンテ」というアイヌの熊の霊送りという儀式を題材にした童話を作家の寮美千子さんと画家の小林敏也さんと協働で作成し2005年2月に出版したのである。

この映画で取り上げている「納棺士」という職業も、死に関わる職業であるので、周りの人たちからは白い目で見られるが、自分の仕事に誇りを持つことで周囲の人の意識が変わっていく様を描いている。

劇中で驚いたのは主人公が勤める納棺の仕事をする「NKエンタープライズ社」の余貴美子演じる女性事務員の出身地が「帯広」だというセリフであった。最初は一瞬聞き間違いかと思ったのだが、後半でもハッキリと帯広に子供を残して駆け落ちしてきたというセリフが出て来たのだ。映画終了後に三人で「なんで、帯広なんだ?」と不思議に思って笑ったのだった。この映画の関係者に帯広出身者でもいるのかしらん。

それにしても最近の邦画は面白い作品が増えてきたように思う。テレビで放映する「映画番組」はテレビ用にかなりカットされてしまうし、間にもCMが入ってしまう。CMの後には、CM前の部分をもう一度映したりしてせっかくの「流れ」という連続性が著しく削がれてしまう。もちろんテレビ画面は小さいから迫力も段違いだ。

映画館内の環境も座席も以前に較べて数段良くなった。映画とは映画館で観るものなのである。