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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2009-08-18-Tuesday 読売新聞「風向計」

読売新聞北海道版8月14日掲載「風向計」

シンプル・イズ・長命

人類史上2番目に古いと言われる職業の一つに魔術師がある。手品師も、魔術師と同じ意味で使われることがあるから、古い職業であることは間違いないだろう。

私の大好きなマジックに「カップ&ボール」(CUPS&BALLS)という3個のコップとボールを使って、ボールが消えたり、移動したりするものがあるが、これは4000年の歴史を持つ最も古いマジックだ。エジプトのべニハッサンという町の洞窟には紀元前2500年頃に描かれたこのマジックを演じている壁画が残っているという(私にはそう見えないのだがマジック界では定説になっている)。エジプトでは現在もガリガリ博士と名乗る大道芸人が何人もいて、クライマックスには、コップからひよこを何羽も取り出して観客に受けているそうだ。

私の所蔵する、江戸時代の宝暦14(1764)年に平瀬輔世が書いた「放下筌」という和書にも、このカップ&ボールが、「しな玉の術」という演目で絵付きで詳しく解説されており、それ以前から日本でも「お椀と玉」として演じられていたことが知られている。

このマジックが4000年も演じ続けられている理由を一言でいうと「シンプル・イズ・ベスト」である。これは人間心理を実に巧みに利用した、技術で見せるマジックであり、カップや玉に仕掛けはなく、百円ショップでコップを買えば300円で演じることができるほどシンプルだから逆に演出法が無数にあるのだ。

一方でマジックは科学の発達と共に進歩してきた側面もある。50年ほど前、旧ソ連のボリショイサーカスのキオというマジシャンの十八番は、その場で映像が浮かび上がるカメラのマジックであった。観客を写して何秒後かには、その写真を観客にプレゼントするのだ。撮影後自動的に写真が出てくるインスタントカメラが普及する以前は、フィルムを暗室で現像して印画紙に焼き付けなければ見られないのが常識であったから、当然客は驚く。しかし現在、これを演じても誰も不思議だとは思わないだろう。

つまり、科学の進歩に依存したマジックの寿命は短く、人間心理を突いたマジックは4000年たっても色あせない。いま便利だと感じているものも、新しい道具や機械が出てきたら、捨てられてしまう運命かもしれない。

今日まで生き残ってきた歴史あるものには何とも言えない「味」があるものだ。そこには先人たちの智恵が凝縮されているからだろう。寿命の短いヒット商品よりも長く愛されるロングセラー商品を作り出したいものである。