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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2010-05-24-Monday 我が家の歴史⑪

1994年の7月あたりから仕事も忙しくなってきた。

坂本ビルの飲食店ビルへの改装工事も終わりに差し掛かりかけた7月中旬頃に、そろそろテナント募集の広告を新聞に出そうかと計画を練り始めたところに、入居希望の大型居酒屋チェーン店ドリームフード「いろはにほへと」の社長さんがいきなり我が社を来訪したのである。

「お宅のビルが飲食店ビルに改装しているという情報が入ったので見に来たが、立地条件も素晴らしいし、東西に抜けられるのも面白い。是非、入居したいと思うので条件等を教えて欲しい」と言うのである。

募集広告に掲載する予定で作成した条件表を見せたら、即、「この条件でOKだから契約をしたい」とその場で言うのである。私がドギマギしていたら、「貴方も社長なんだから即断即決!」とハッパをかけられたのだ。

地下には大型居酒屋の「つぼ八」が既に入っているからまったくの同業者である。一応まずは「つぼ八」の社長(フランチャイズ店の社長)に話を通しておかなければいけないなと考えて返事をするのは一週間だけ猶予をもらった。

すぐにつぼ八の社長に話したが「冗談じゃない。私は飲食店ビルにした方が良いとは言ったが、それはレストランや小さなスナックなどの店を入れなさいという意味で、競合する大型居酒屋が入るのは困る」と言うのである。

そうこうしている内に、数日後にまた別の大型居酒屋チェーン店モンテローザの社長さんが、我が社を来訪して入居したいと言うのだ。私は「現在、地階にはワンフロアーを使っている「つぼ八」さんが入居しており、先日は1階に「いろはにほへと」さんが入居をしたいと希望して来られています。現在のところ2・3階しか空きがありませんし、居酒屋では商売が競合しますが・・・」と説明したら「そうですか!一階は既に交渉が始まってしまいましたか。それは残念!しかし、我が社は2階と3階の両方をお借りしたいと思う。競合するのはおおいに結構ですよ。」と言うのである。

「いろはにほへと」の社長にこの旨を報告し、「こういうテナントが入居希望だが、それでも御社は入居を希望しますか?」と尋ねたら、「それは、面白い!大いに結構だ!やりましょう!」と言うのだ。

「つぼ八」の社長に尋ねたら「とんでもない。絶対に反対だ。お宅の立地での居酒屋商売は我が社が開発した既得権だ。それを他社に荒らされるのは嫌だ!ましてや一軒どころかライバルがいきなり3軒にもなるなんて冗談じゃない!」と全く応じてくれない。

私も「しかし、隣のビルに、これらのテナントさんが入居しても事態は同じ様なものではありませんか?」と何度も説得したのだがその都度不調に終わった。約束の一週間が過ぎたが依然として「つぼ八」の社長との交渉はまとまらない。

いよいよ私も腹を決めて、釧路に居る「つぼ八」の社長の会社に出向いて「私は腹を固めました。入居を希望するテナントさんには3軒とも入居していただきます。我が社は貸すのが商売ですから!」と最後通告をしたのだ。

「つぼ八」の社長も私の決心が固いのを見て、最後には折れて看板設置などの条件闘争に入ることでようやく一件落着したのだった。結局「つぼ八」もこれを機会に店内を大改装して勝負に備えることになり、結果的には4軒の大型居酒屋が新しい形でスタートすることになったのである。

契約を済ませたテナントの内装工事が始まりだして坂本ビルもようやく活気が出てきた。

94年12月5日には一階の「いろはにほへと」がオープンし、95年の4月5日に2・3階がオープンした。

これで坂本ビルは、 地階「つぼ八」、1階「いろはにほへと」、2階「白木屋」、3階「魚民」という大きな居酒屋4軒が入る飲食店ビルに変身したのである。(つづく)