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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2011-02-18-Friday マイヒストリー47

2004年6月末頃に

帯広のNHKから、北の屋台の第二期のオープンに合わせて、北の屋台の広場にプロジェクターとスクリーンを設置してアテネオリンピックの中継を放映したいとの要望があった。

前年(2003)の12月にカンボジアに2度目に行った際(アンコールワットの修復に携わる帯広出身の石澤良昭上智大学教授の招待で)に、私がNHKから依頼されてNHKのテレビカメラをカンボジアまで持って行って取材したのが縁になって、その映像の編集作業やテレビ出演などで何度かNHKを訪れている内に、NHKのスタッフの方々と懇意になり、そういう企画が生まれたのである。

設置に際して、北の屋台には金銭的な負担は生じないし、放映する番組もNHKだけに限定しなくても良く、ただ、機械などの管理をすれば良いとのことだったので、北の屋台にまたまた話題が出来ると考えて快諾したのである。

アテネオリンピックは8月13〜29日の開催期間であったが、その前から機械のテストということで、7月20日からNHKのBS放送でアメリカの野球放送等を放映していたら、これが客には大変評判が良かったので、NHKの方でも、オリンピック終了後も設置したままにしておきましょう。ということになったのであった。

大道芸の方も十勝毎日新聞社の事業部の方から、一緒になってもっと大々的にやらないかとの誘いがあった。2002年、2003年と北の屋台の広告宣伝費だけで芸人を招聘してきたが、このまま継続するのはかなりキツイ部分もあったし、実行委員会組織にすれば北海道庁からの補助金も3年間は出してもらえるというので、この辺りで規模を拡大することにしたのである。この年2004年から大道芸は「北の大地de大道芸フェスティバル」へと衣替えをして招聘する芸人の人数も増え、市民からは益々喜ばれることになった。

この大道芸のキッカケ(現:ファニー・ボーンズを帯広に連れて来た)を2002年に作ってくれた北見のマジシャン・ミスター・アガックこと竹内一雄さんが、7月23日に帯広に来て、9月16日に帯広でマジックショーを開催出来ないか?と言う。

2002年8月28日にも同じく竹内一雄さんの紹介で「北の屋台オープン1周年記念マジックショー」を開催しているので、今回も何とか開催したいと言う。

今回は日本マジック界の至宝、世界で大活躍している世界一のマジシャン島田晴夫(日本マジック界の本流、松旭斎天洋門下の二番弟子、一番弟子が引田天功で、私の師匠のジミー忍は四番弟子にあたり、札幌で活躍しているバーディ小山はその下で、更にその下にMr.マリックがいる)さんが、14日に札幌でマジックショーをやるので、そのまま、北見市と帯広市でもマジックショーを開催したいとのことなのだ。急な話で時間も無いし、予算も無い。

急遽、屋台の店主全員に事務所に集まってもらい、北の屋台の広告宣伝費でこのマジックショーを「第二期オープン記念、北の屋台プレゼンツ、マジックショー」として企画したい旨を諮ったところ、店主全員が賛成してくれたので開催することができたのであった。

マジックショーが終了した後に、出演したマジシャン達が北の屋台で客のすぐ目の前でマジックを披露してくれる企画も行い。その晩は北の屋台は大いに盛り上がったのであった。

8月27日に根室から滑川さんと云う方が帯広に来られた。この方は北の屋台がオープンした年の2001年11月15日に私が根室市で講演した際に、釧路まで車で迎えに来てくれた方である。滑川さん曰く、「坂本さんの講演以来、根室では屋台構想で盛り上がっている。帯広の北の屋台の視察は、もうすでにやっているから、今度は北の屋台で根室のサンマを宣伝したい。その時に漁協関係者らを大勢連れて来たいので、広場を貸して欲しい」との要請である。

日程を調整したら9月20日の15時から、トラック1台分のサンマを根室から持ってくるので、その場で焼いて食べてもらったり、販売したり、宣伝したりを行いたいということになったのであった。これ以前にも広場を活用したイベントはいくつかおこなっていたが、この「根室サンマまつり」当日は美味しいサンマが破格の値段(ほとんど只)で配られるとあって、かつてないものすごい混み様であった。(つづく)