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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2011-03-09-Wednesday マイヒストリー55

北の屋台を運営する

北の起業広場協同組合では、これまでに理事長が3人交代している。

初代がK(2000年1月〜2003年5月)、二代目がS(2003年5月〜2005年5月)、三代目がH(2005年5月〜現在)の3氏である。

二代目理事長のS氏と私は、帯広青年会議所(JC)に1987(昭和62)年に同期入会した時からの付き合いだ。同期入会の最年長がS氏で、最年少だった私は、共に父親がJCメンバーだったこともあって、同期入会メンバーで「無二の会」(昭和62年に入会したことから私が命名した)を作り、S氏は会長として、私は幹事として家族会などを毎年開催し、家族ぐるみで付き合ってきたのだった。

三代目のH氏もJCメンバーで、S氏とH氏は同年生まれで平成2年にJCを卒業した同期という仲である。

初代から二代目への交代と云うか降格の経緯は以前に書いたからここでは割愛するが、二代目から三代目への交代に関してもオカシナ事があった。

2005年は5月13日(金)理事会、24日(火)総会という日程で準備が進んでいた、4月下旬に北の屋台の事務所で総会に向けての資料作りを、私とK専務理事と女性スタッフ2名の4人で行っていたのだが、K専務理事が急に「理事長の交代をさせたい」と言い出したのである。

確かに今度の総会は、2年に一度の役員改選時期には当たるが、S理事長はまだ一期しか務めていないので、私が「Sさんが理事長では何か問題でもあるの?」と尋ねたら、K専務理事は「S理事長は、北の屋台で酔っ払って、同じ場所に帯広市役所の役人が居ると、お前らは何もやっていない!北の屋台は俺たち民間人が造ったんだ!と大きな声で言うので困っている」と言うのだ。

たったそれだけの理由で交代をしてもらうことなど出来る訳もないし、Sさんの性格は良く知っているつもりだったから、私は「Sさんは降りることはないと思うよ。それに次の理事長を誰にお願いするというの?」と聞いたら、K専務理事は「Hさんにお願いしようと思う」と答えた。

この時点ではKには伝えていなかったが、Kに理事長を依頼する前に、Hさんに依頼して断られた経緯があったので、Hさんは受けないのではないかと思ったから「理事会まで時間も無いことだし、私は無理して交代してもらう必要はないと思うよ」と言ったのだが、何故だかK専務理事は引き下がらない。

「SさんとHさんの説得は俺が全部やるから任せて欲しい」と執拗に言うので、女性事務員2人と「まず無理だと思うけど、そこまで言うなら・・・」となったのだった。

しばらくして、K専務理事はどこをどうやって説得したのか、両者共に受諾したというので、女性事務員らとビックリした経緯があった。

13日の理事会でS氏が「2006年にはJCOB会の会長をしなければならないので忙しいから、北の屋台の理事長を辞して相談役になる」と宣言したのだった。役員改選でH氏も「北の屋台の理事長を受ける」と宣言したのだった。

私には何故、K専務理事がS氏の理事長を嫌がったのか未だにその理由が分からずにいる。(つづく)