«前の日記(■2013-04-23-Tuesday) 最新 次の日記(■2013-04-25-Thursday)»
 | トップ |  | ビル概要 |  | テナント構成 |  | 沿革 |  | アクセス |

観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2013-04-24-Wednesday 会津若松2

22日(月)

朝方は晴れているが風が強い。露天風呂は風が強くて少々寒いので内風呂だけで上がる。朝から温泉に入れるのはなんていう贅沢なのだろう。お風呂には小舟が浮いていて、その上にはお酒と猪口が用意されている。さすがは小原庄助さんの出身地である。朝酒に朝湯という趣向であるが、朝ぱらから飲むのはさすがに止めておいた。

朝食はバイキングスタイルである。

食べ物が並んでいる台には、お盆を置くスペースがないし、従業員が少ないから、ご飯やみそ汁も自分で盛らなければならないので、お盆の置き場所に困ってお客は皆、苦労していたし、やたらと時間が掛かって行列が出来る。

このホテルは、おそらく余所のホテル等に何度も視察に行ったりして、システムとしての研究はかなりやっているようだが・・・。良い所取りをしてはいるのだが「仏造って魂入れず」という感じである。何の為にこう云うシステムを取っているのかという本質を理解していないようだ。だからどこか客の立場に立っていないのだ。

効率化の為に採用し、尚且つお客様にも満足をさせたいということで取りいれたシステムであろうが、台の設計や食べ物の配置、基本の理念、そしてホスピタリティが不足しているから上手く機能していない。

これでは客は満足するどころか逆に中途半端で不満を募らせるだろう。中途半端ならいっそサービスが無い方がかえってスッキリする。

先日から感じていることだが、会津の人はどうも融通が利かない人が多いように思える。空気が読めないというのか、臨機応変な対応が苦手な土地柄というのだろうか?それとも、単に大河ドラマ「八重の桜」を見ての「頑固者」のイメージが私に摺り込まれているのだろうか?

この日宿泊するのは、前泊した「庄助の宿」からは車で3分程度奥に入った「いろりの旅籠芦名」という8部屋しかないこじんまりとした和風旅館である。車で送ってもらい荷物を預かってもうことにした。

妻が全部違う宿に泊りたいというので選んだところである。

小さな旅館だからそれだけ融通が利く、宿帳を書けば、今チェックインしてくれるという。

チェックインを済ませてから、東山温泉観光協会の事務所兼バス停留所に行き「一日周遊券バス券」を500円で購入する。普通は一回の乗車で200円掛かるところを会津若松市内の観光の要所を巡って、何度乗り降りしてもOK、30分毎に走っているというもので内回りと外回りもあって便利で安いのだ。

まずは温泉に一番近い場所にある「武家屋敷」を見学してから、これから一番混むであろう「鶴ヶ城」を午前中に見ておく。どこに行っても桜が満開で素晴らしい。北海道の桜はエゾヤマ桜で花よりも葉が多くて見栄えがしないが、本州の桜は花が多くて見事である。実に美しい。この満開の桜を見ただけで満足である。おまけに昨日はこの満開の桜の上に雪まで被さってくれたのだから普段なら見られない景色である。お城がある町というのは町のへそがあるようで良い。北海道には松前城しかないからウラヤマシイ!

鶴ヶ城の北口から出て、すぐ傍にある県立博物館を見学しようと思ったら月曜休館日という看板が出ていて断念。

昼は蕎麦で有名な「桐屋夢見亭」でそばを食べる。値段はかなり高い。なにせ「かけ蕎麦」で830円である。私は「そば三昧」という変わり蕎麦3種が乗った蕎麦1650円也を食べたのだが、3種類の違いがハッキリとは分からなかった。

この蕎麦屋の近くのバス亭(慶山)に13:40にバスが着く予定になっているので早目に13:30から待っていたのだが、14:15になってもバスが来ない。雨は降ってくるし、風は強いしで頭に来て、バスの時刻表に乗っていた観光協会に「バスが来ないけどどうなってんだ〜。寒くて死にそうだゾ〜」と電話したら「鶴ヶ城」近辺が渋滞でバスが動かないというのだ。それならそれで、バス亭に張り紙をするなど何等かの対応をしてくれなけりゃ〜・・・。結局バスが到着したのは14:35で、1時間以上もただバス亭で立っていただけである。これが分かっていたなら歩いて移動するかタクシーでも呼んだのに、時間は無駄だったし、夫婦喧嘩はするしでこの時間がモッタイナカッタ。

次は白虎隊が自刃した「飯盛山」である。山の上まで石段が続くが、歩いて登る気にはなれないなぁと思ったら隣に斜に上がるゴムのエスカレータ状のモノがあるではないか、一人500円というからかなりな高額だが歩きたくないからこれに乗って上まで行った。

白虎隊は小学生の頃に習っていた日本舞踊で踊ったことがあるので歌詞もうろ覚えだが覚えていた。そういう思い入れがあると感情移入し易くなる。十六、七歳の若者が戦いに敗れて自決した悲しい物語りだと思っていたら・・・。よく説明を聞いてみると、城下が燃えているのを鶴ヶ城が落ちたとと早合点して自決したのだという。それなら単にそそっかしいだけではないのか?自分の命を捨てるのならシッカリ確認してからでも良かったように思うのだが、ここにも会津人の臨機応変さに欠ける点が出ているように感じてしまった。

飯盛山を降りる途中に「さざえ堂」という不思議な建物があった。螺旋状の回廊(階段ではない)を登って降りると三十三観音を拝めて巡礼したのと同じ霊験があるということだったらしい。登りと降りが一度も交わらない二重螺旋構造状の建物は、世界的にも珍しい。

この日は「ゆべし」をお土産に買って帰りたいと妻が言う。先月来た時に買って帰ってとても美味しかったと評判が良かったからというのだ。売っている場所は東山温泉の入口近くの「がぶりガーデン」という会社が作っている「くるみゆべし」だ。営業時間は16:30までだというので、閉店まで時間がないから周遊バスでそこに向かって大量に購入したら随分とおまけしてくれた。「重いから送ったら?」と言ったのだが、「帯広に帰ってからすぐに配りたいから持って帰る」と言うので他の場所の見学は止めて宿に戻ることにしたが、温泉のバス亭から「芦名」まではかなりの距離がある。重たいなぁと思っていたところに運良くタクシーの空車が来たのでそれに乗って旅館に戻った。

時間的には17時前と少々早いがこれまた温泉にゆっくり浸かることにした。ここの温泉は小さくて3人が入れば一杯であるが内風呂の温度は42度はあると感じたはど湯温が高くて気持ちが良いし、露天風呂は39度位の低い温度で長〜く漬かっていられる。食事の時間も18時からに早めてもらった。

ここの食事は7つの囲炉裏があって、それぞれ仲居さんが付いて世話をしてくれる。町中で聞いた評判によると女将も若女将も美人で有名な宿なんだとか。仲居さんも皆、若くて美人が揃っている。やはり美人さんに世話してもらった方が嬉しいにきまっている。食事は串に緒刺して囲炉裏で焼いてくれる岩魚やつくね豆腐など、どれも美味しかったし、水晶盤で焼く鶏肉も美味しくてお酒が進んだことビールで乾杯した後日本酒も3合も飲んでしまった。途中、語り部のおばぁさんが囲炉裏を廻って昔話をしてくれる。思わず声を出して笑ってしまうほど愉快で楽しい話で、これまた食事が楽しくなった。

食後にマッサージ師さんを頼んだ。ここのマッサージさんは一風変わった爺さんでこだわりがあるようだ。私の肝臓が疲れているのと痛風を当てた。お酒じゃなくて水をたくさん飲みなさいよとアドバイスを受けた。あんまり気持ちが良かったので、妻にもマッサージしてほしいと頼んだ。妻は肩こりがきつくて辛そうであるからだ。なんて優しい旦那さんんなのだろう。

二人とも身体が楽になって気持ちが良くなり、朝までグッスリと眠ることが出来たのだった。