日本奇術協会と云うのは、日本のプロマジシャンが所属する協会で、私も以前は賛助会員というかたちで入会していたこともある組織である。
どうやら、私が現在整備中の「仮称:マジック博物館」のことが、マジック界で噂に上っているらしい。
協会で年に4回発行している機関誌に記事として掲載したいとのことだが、願ったり叶ったりである。喜んで承諾した次第。
私も知人のマジシャンやマジック用品の販売会社などに手紙やメールなどで情報発信をしているが、マコママ(故ジミー忍師夫人)も知り合いのマジシャンに情報発信を続けているとのことである。マジック界は狭い世界だから、それが伝言ゲームのように伝わっていくようだ。
ドルフィンさんからは「ジミー忍さんは12月3日の奇術の日を提唱されたと云うことを聞いていますが、日本奇術協会の副会長もされておられたのでは・・・?」と聞かれた。
早速、マコママに連絡したところ、ジミー師は副会長職には就いていないとのこと、でも奇術の日を提唱したことを知っているのは嬉しいなぁ〜と、とても喜んでくれたが・・・。
「坂もッちゃん、どうせなら12月3日の奇術の日に博物館のオープンは出来んかねぇ〜」と言う。
「道具類をショーケースに並べるだけなら可能かもしれないけれど、説明文などを付けないと一般のマジックの素人には展示物を見ても理解できないかも・・・」と言ったら、「じゃぁ〜マスコミ向けに仮オープンちゅうことにしよう」と云うことになったのであった。またまたハッパが掛かってしまった。
マコママも11月下旬に帯広入りして展示の手伝いをすると云う。12月3日にはテレビ局や新聞社を呼んで仮オープンの発表会をやろうというのである。ポンポンと決まっていくことが嬉しいやら大変やら・・・。
ドルフィンさんからは、日本奇術協会の先代(9代目)の会長を務めておられた北見マキさんが亡くなられたことも聞いた。
北見さんとは、私が大学に入学してすぐ、まだ「北海マキ」と名乗っておられた時分に、布目貫一先生のやっておられた水道橋のマジックショップでお会いしてサインをもらった。そのサインはマジック博物館に飾ってある。
同じ北海道出身ということで「頑張って下さい」と激励されたことを覚えている。その後、数度、北見さんのステージを拝見したが、和妻も西洋風のマジックもこなす方であった。死因は肝臓癌で74歳であった。ご冥福をお祈りする。合掌