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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2015-09-23-Wednesday 平原まつり

21日の十勝毎日新聞「論壇」に

載った私の「北の大地de大道芸フェスティバル」のコラムを読んだ方からメールを頂いた。

要約すると「大道芸フェスティバルの問題というよりも、平原まつり全体の問題として考えるべきではないのか?」と云うご指摘である。

まさにその通りだと思うが・・・。

2年後の2017年には平原まつりが70回目を迎える。

平原まつりでは「盆おどり」(2日目、3日目)をメイン事業として運営をしてきたが、盆おどりは夜のイベントである。近年(いつから始まったのか不勉強で知らないが)初日に行なっている「夢降る夜」も夜のイベントだ。

平原まつりの昼間にやっているイベントは、7〜11丁目の5街区がそれぞれに運営をしているものだが・・・。

街区のイベントに関しては、それぞれが単独で立案し出演依頼をしているようであるし、誰が主体でやっているのか、誰が調整しているのかは、私にはよく分からないが、細かく分ければ、

7丁目は平原通り商店街の正式な構成街区ではないが、平原まつりには準構成街区として参加をしていて、近年はストリートバスケットや飲食屋台を展開している。

8丁目は主に藤丸百貨店の事業部が運営していたと思うが、毎年決まったものではなさそうだ。大道芸以外の出し物はじっくり見る時間がないのでよく分からないが、書道のパフォーマンスとブラスバンドなどをやっていたかと思う。

9丁目は、ブラスバンド、日本舞踊、アイヌ舞踊、路上落書き、子ども向け無料クジ引きなど、

10丁目は、ずっと消防車の啓蒙活動と空気で膨らませたビニール製おもちゃの有料くじ引き、

11丁目は、空気で膨らませた遊具の設置、飲食露店の営業などであったかと思う。

11丁目の広場ではバンド演奏と飲食もやっている。

これ以外に広小路の1区で飲食露店、2区は十勝小唄のコンテストなどをやっているようだ。

これ以外には、全体事業として「平原太鼓」があるくらいではなかろうか?

14年前に、初めて大道芸をやった時にも感じたことだったが、昼のイベントは当時でもかなりマンネリ化しており、市民には相当飽きられていたのではないかと思う。

何とか新風を注ぎ込みたいと、2002年に北の屋台の予算を使って、大道芸をやってみたら、かなり受けたので、2004年からは北海道の補助金ももらって年々規模を拡大してきたのだが・・・。

大道芸開催の危機の一度目は、2007年に北海道からの補助金が切れた時であった。予算が急激に減ったのだが、招聘芸人数を減らすことで対応し、スポンサーも新たに探して乗りきった。

2度目の危機は、2011年。2002年の最初から出演し、他の芸人の選定などにも関わってくれていたファニーボーンズが、ヨーロッパのフェスティバルに出演するために帯広に来られなくなった時である。この時にはJALも破綻して株主優待も使用できずに交通費の問題が浮き彫りになった年でもあった。

3度目は、その翌年に帯広市のまつりの予算が大幅にカットされ、大道芸の予算もカットされた時。この年以来、企業からの予算がドンドンと減っていき、毎年、毎年、開催が危ぶまれる状態が続いているのである。

夜のイベントとして、かつては、すごい集客力を誇っていた「盆おどり」も近年では、場所取りする観客の数も減っているように感じられる。かなり集客力が落ちているのではなかろうか?

参加企業の低迷も問題だろうし、踊り手の不足という問題もあるだろう。

だが、まだ夜の集客は昼に較べれば良い方である。

平原まつりは、特に、昼間のイベントの集客を考え直さなければ・・・、もはや、まつりとしての魅力はほとんどないも同然なのではなかろうか?

こんな状態なのに、大道芸の予算を削って、開催の危機を毎度毎度やるのは如何なものだろう。

プロデューサーから「もう止めた」と言われた時点で、平原まつりの昼間は閑散とした状態になってしまうのでないか?

もはや、平原まつりの運営では、何を止め、何に力を入れるのか、イベントに優先順位を付けなければならない状態になってると思う。

タイムリミットは迫っているが、まつり関係者からは危機感はまるで感じられない。

はたして来年の大道芸は開催できるのであろうか?