例に依って「夫婦50歳割引き」で2200円である。
映画の舞台は、2008年9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻による、いわゆるリーマン・ショックの前段の話である。
金の亡者どもの、おぞましい話だ。
最初に言っておくが、私は「株式」というものを否定している訳ではない。
初期の「株式」はお金に余裕が無い人が、起業するのには実に有効な手段であったし、社会(個人)が、企業を支える仕組みとしては有益な方法であると今でも思っているが・・・。
やれ、リバレッジだなんだとめったやたらと複雑化して、素人にはまるで理解できない様にして(ほとんどの玄人と言われる人もおそらく分かっていないだろうが・・・)お金がお金を生み出し、個人の欲望が社会を破壊するまでの凶器にしてしまった連中が居ることだ。
実際のお金の何倍ものバーチャルなお金が動き、毎日、毎日、巨額のギャンブルをしているようなもんである。
複雑化させることで、個人の責任感は薄れて、関係者全員が無責任状態に陥る。これは悪魔の所業である。
私には、実態経済とはかけ離れたところで、一般庶民がギャンブラーの欲望の渦に巻き込まれているかのようにしか見えない。
もはや、世界のお金は健全性を完全に失っている。
だが、いつもこのバカバカしいギャンブルの影響を受けるのは、このギャンブルとは無関係の庶民なのである。
大損失を出した銀行や証券会社は、結局は何等かの形で生き残っていく。ギャンブルによって出された巨額の損失は、社会的影響とやら何やらで、結局は国民の税金で処理されるからだ。
実にフザケタ話である。
散々儲けた金で豪遊していた人間のケツを、何の贅沢もしていない一般庶民が払った税金で拭くのである。
小説や映画によくある話であるが、詐欺師が捕まるのが分かっていても、捕まるまでの間に、豪遊して(資産を隠して置いて)、捕まったら、何年か刑務所で刑に服し、出所してきたら、隠して置いたお金で豪勢な生活を送る。さしずめそんなところであろうか。
お金は天下の回りものである。大勢の間を回ってこそ価値があるのだ。一所に集めてもトリクルダウンンなんて決して起こりはしない。
現在のシステムは間違っている。
この映画を観ていて、胸クソが悪くなった。誰も幸せにしない金融システムなんて無意味でしかない。
本来の意味に立ち戻るべきである。もはや手遅れであろうけど・・・。