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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2019-02-08-Friday 最強寒波

天気予報で明日の朝は最強寒波が

北海道を覆うから、気温が−30℃以下になる所が出てくると云う。

帯広の予想は−24℃である。

私が小学生の時には−33℃というのを経験している。当時は寒くても休校になることはなかった。−20℃以下になると息も凍るし、涙も凍るから目を開けていられない。自分の吐く息が凍り前髪が白くなる。寒いと云うよりも痛いのである。空気が肌に突き刺さる感覚である。

私が通っていた帯広小学校はとても古い校舎で、掃除の時の床の雑巾掛けの際には、ササクレだった床材が爪の間に刺さるほどのボロい校舎である。窓枠の木枠からは隙間風がピューピューと吹き込んで来るし、暖房は教室にルンペンストーブが1個あるだけである。

ストーブの前の席は熱くて汗をかくが、ストーブから遠い席は、アノラック(当時の生徒は皆が着ていた)を着ていないと寒くて仕方がなかった。

日直は朝早くに登校して、石炭置き場にバケツを持って行って石炭を入れて教室まで運ばなければならない。

トイレの便器は、小便が凍って黄色い氷柱になっている。大便も便器の口までウ○コが凍って盛り上がっているから学校での大便なんてしたことがない。そんな小学校であった。

体育は校庭に積もった雪を踏み固めて水を撒いて凍らせて造った陸(おか)リンクでスピードスケート。気温が−20℃以下だと足先が痛くて、冬の体育は嫌いであった。

自宅も古かったし、現代の様な北海道仕様の家ではなく、内地(本州のことを北海道では内地と云う)仕様であるから、畳の隙間から冷気が伝わり敷き布団が冷たい、当然背中も冷たいから、湯たんぽを抱いて寝るのだが、朝になったら掛けフトンの襟足が白く凍っていた。

そんな経験をしているが、−24℃となると水道管の破裂が心配であるから、水道管の水落としをした。

1ヶ所だけベランダの水道管だけは、台所の下にある「室(むろ)(昔は芋などの野菜を保存するのに使う地下室)」にある水道管で水落としをしなければならない。面倒だが仕方がない。久し振りに室の中に入って水落としをしたのであった。

果たして明日の朝は何度になるのであろうか?