昭和30年代に来日したソ連のボリショイサーカス団に「レナルド・キオ」と云うマジシャンがいた。
彼の人気演目のひとつにカメラのマジックがあった。
「カメラで客席のお客さんを撮影し、その場でそのお客さんが写っているモノを手渡す」と云う演目である。
当時のカメラは、フィルムで撮影してから、暗室でフィルムを現像し、印画紙に映像を焼き付けて、濡れた印画紙を乾かさないと手渡す事が出来なかった。
つまり、カメラで撮影してからプリントするまで1日くらいは時間が必要だったのである。
それをたったの数分間と云う時間で、その場で写した写真が現像されてすぐに手渡されるというのは、とても不思議な現象だったのである。
これは何のことはない「インスタントカメラ」なのであるが、アメリカのポラロイド社がこの原理を使ったポラロイド写真を発売するまでは一般にはこの仕組みは知られてはいなかったのである。
つまり科学の最先端の現象を見せれば、それはマジックとして成立していたのであった。
だが、現在では、こんなマジックを演じるマジシャンなど存在はしない。先端科学技術も広く一般に知られてしまえば、それは当たり前の事になってしまい、もう不思議ではなくなってしまうからだ。
一方で、使用する素材自体が古くなってしまって時代に合わなくなるマジックというのもある。
例えば「レコード」を使ったマジック。レコードの黒い色を、赤や青や黄色などに変化させるマジックは、レコードがCDに替わり現在では使われていないので、若い人達はレコード自体を知らない人が増えてきたのである。見たことも使ったこともないレコードの色が変わっても、レコードの存在を知らない人は何の不思議も感じない。レコードが自然に色が変わるモノだと思われたらマジックは成立しないのである。
また、「タバコ」のマジックも廃れた演目のひとつだ。
私がマジックを始めた頃は、タバコのマジックはスライハンドマジックの必修科目みたいな演目であった。
これが廃れた理由には、「嫌煙権」とやらでタバコを吸う人が減っていることもあるのだが、もうひとつの理由に「消防法」がある。タバコの様な小さな火や煙でも火災報知器が作動するのである。
だから舞台ではタバコに限らず「火」を使ったマジックは極端に演じるマジシャンが減っているのだ。
私の師匠だった故ジミー忍師の十八番は指先に炎が出る「ファイヤー・シンブル」と云うマジックであったから、師が存命であったならば、演目に困っていたかもしれないなぁ〜。
そんなことを考えていたら・・・。
先日の「キャッシュレス」のことがフッと頭に浮かんだ。トランプ(日本以外ではプレイングカードと呼ぶ)と並んで、クロースアップマジックの小道具として最もポピュラーな「コイン」が、キャッシュレス社会になって使われなくなったら・・・。