メールのやり取りを続けているが、今日の話題は物故者についてであった。
先日の私のブログにも書いたが、9月19日に「こころ」の木村武博さん、10月29日に「らくれっと」の宇佐美明男さんが続けて亡くなられた。
そのことを書いて感傷に浸っていたら・・・
他にも亡くなっている方がいると云う話になった。
「福里ふるさと」の角尾洋一さん、「順香」の商成順さん、「やっさん」の安田由美子さん、そして元理事長の真井康博さんである。
北の屋台がオープンしたのが2001年7月29日であるから、丸20年が過ぎたのであるが6人もの方が逝去された。
私が北の屋台に直接関わったのは、1999年2月に「まちづくりひとづくり委員会」を創った時からである。そして北の屋台を卒業したのが2007年3月末であるから丸8年間であった。店主の方々とのお付き合いは、第1期と第2期の6年間である。
北の屋台は現在でこそ、帯広の名物として市民から愛される場所になっているが、創成期の屋台は、「こんな寒い場所で屋台なんか出来るもんか」とか「飲食業の素人を集めたところで上手くいくもんか」などと世間では否定的な意見が大半であった。
そんな中で、私の理論を支持してくれて、一緒に実現の為に尽力してくれた店主の方々には感謝の気持ちと、苦労を共にした仲間という感情がある。
亡くなられた店主5人は、いずれも北の屋台を卒業して独立された方々ばかりである。まさに北の屋台の精神と目的を体現してくれた方々である。
冬を迎えて、落ち葉が風に舞うとメランコリックな気分になる。近い内に北の屋台の元店主の方々に声掛けし、同窓会でも開いて冥福を祈りたいと思っている。