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観光カリスマ
坂本和昭のブログ


■2012-03-02-Friday 判らん!

野田首相と自民党の谷垣総裁が

2月25日に極秘会談を行っていたということで政界が賑わしいことになっている。

野田首相も谷垣総裁も本人達は「会っていません」とか「会ったという事実は一切ない」と強く否定しているが・・・。

新聞各社もテレビも極秘会談はあったと言っている。一体 どっちが真相なのだろうか?

政治家って云うのはウソをついても許される人種なのだろうか?政治家のトップ同士が口裏を合わせて茶番劇を国会の場で演じては国民の信頼は無くなる、というよりも既に無くなっているか。

それにしてもだ、何故にこうも日本の政治家連中は、アホなことばかりやっているのだろうか?

民主党も自民党も同じ政党の中で、消費税に賛成している連中と、反対している連中に分かれているというのだがら、同じ考え方同士でくっ付いてくれた方が国民は判り易いというものだ。もうなんでも良いから、ガラガラポンでさっさと政界再編でもやった方がよっぽどスッキリするのに・・・。

大方、大阪の橋下市長の勢力が伸びてくる前に、サッサと選挙をやってしまいたいということで折り合いがついたのかもしれないなぁ〜。でも、現時点で選挙をやったところで、民主党も自民党も支持を得られないと思うがなぁ〜。きっと国会議員さんの考えることは、国民の意識とは別の次元に存在しているのかもしれない。

こんな高校の生徒会よりも程度が低いような国会議員なら、参議院は廃止、衆議員は10分の1の人数でも十分だろう。

もはや日本国民で議員という人種を尊敬するという人は、一人も居ないのじゃぁなかろうか?


■2012-03-03-Saturday グアムの

グアム島に

ゴルフに行ったグループの安着祝いの食事会を2日夜に北海道ホテルの鉄板焼きで行った。

例によってスケベ〜なオジサン達が、あの若い女性2人も誘っての食事会である。

私は3日間のトータルの優勝者と準優勝者の奢りなのかと期待して行ったのに・・・。しっかりと会費を徴収された。

鉄板焼きは1テーブルに6人位しか座れないので5人ずつに分かれて座った。

ワインが好きなオジサン達が高そうなワインをバンバン開ける。ワインは飲み過ぎると翌日に残るからあまり好きではないのだが、割り勘負けしないようにかなりの量を飲んでしまった。

料理はとても美味しくて、しっかり全部を食べたが、最後のデザートはテーブルを替えて全員で座れる席に移動し、アトラクションに私のマジックを披露したので忙しくて食べられなかった、残念!。

マジックは若い女性2人に見せる為に、「カップ&ボール」「スポンジボール」「スプーン曲げ」を用意して披露したのである。

私がマジックを始めると、女性の視線が私に集中するので、面白くないオジサン達が、一所懸命にマジックの邪魔をするが、そんな妨害は慣れている。私が若い女性の気持ちをしっかり引きつけたものだから、あるオジサンが河岸を変えようと言い出したが・・・。

皆、かなりの量のワインを飲んでいたので、結局この一次会で終了して帰宅した。ある意味、健全な安着祝いの食事会であったことを報告しておく。


■2012-03-04-Sunday 一周忌

3日(土)にグアム島に行っている

ゴルフのグループのメンバーの一人でもあったし、元は我が家の店子でもあった鈴木孝昌さんの一周忌法要が北海道ホテルで開催され、母と2人で出席して来た。

私が昔から知っている人物像と、偲ぶ会で話された5人の思い出話とでは随分と開きがあったが、5人の話には「へぇ〜」と思わせる話があって驚いた。逆に近し過ぎると別な面が見えて来るものであるらしい。

まさか一周忌で故人の悪口を言うはずもないから、当然と云えば当然のことか。

ここ最近は、帯広でも一周忌法要を盛大にやる家は少なくなっているようだ。ごく内輪の家族か親友だけを呼んで行う家が増えているとのこと、鈴木孝昌さんは、67歳で現役の市議会議員だったし、直前には議長まで務めた人だから呼ばれた客も200人程が集まった。

自民党の故中川昭一氏の直系の市議だったとのことで、5人の中には中川昭一氏の未亡人の郁子さんの話があったが・・・。

中川昭一氏が落選してしばらく後に、鈴木孝昌さんから「自分は肺癌のレベル4だ」との電話を受けてビックリしていたが、昭一さんの方が先に亡くなったというような話であった。

人生と云うのは、棺おけに入るまで判らないものだから、私も悔いを残さない様に生きたいものである。


■2012-03-05-Monday 雛祭り

4日に一日遅れの雛祭りを

我が家でやった。

雛人形を飾って、私の母と妻の両親を招いての夕食会だ。食事が終わった後は、先日、長女が参加しているチーム「神宮アイスメッセンジャーズ・グレース」が優勝した16人で滑るフィギュア・スケートの団体競技の「第18回全日本シンクロナイズド・スケーティング選手権大会」の模様を写したDVDが送られてきたので、まずはそれを見せたのであるが、孫の活躍を見て喜んでくれた。

一段落した後で、コンピュータの前に移動してskypeで埼玉に居る息子とカナダのトロントに居る次女とを結んで、じいさん、ばあさん達に孫の顔を見せて話させようという試みである。

両家の親とも「便利な世の中になったもんだ」としきりに感心していたが、海外に居る子どもともテレビ電話のように顔を見ながら話が出来るというのは本当に便利なものである。

こういう楽しみがあるとじいさん、ばあさんも張り合いが出るのであろう。また帰省してくるのを楽しみに待っているという。

今日の昼に、母がデパートに買い物に連れて行ってくれと言う。私は運転手兼荷物持ちと云う訳だ。

デパートに着いたら、母が私にいつも世話になっているから洋服を買ってくれると言うではないか。80歳過ぎの母親に買ってもらうというのも何だかなぁ〜と思ったが、子どもはいつまで経っても子どもなのだろう。買ってあげたいというからには遠慮せずに買ってもらった方が喜ぶと思って素直にブレザーとズボンを買ってもらった。「ついでにコートも・・・」と言ったら「調子に乗るな!」と怒られた。やはり子どもはいつまで経っても子どもである。


■2012-03-06-Tuesday 沖縄

今日は沖縄に行くが、

夕べから雪が降っている。天気予報では30cmほどの降雪量ということだ。

飛行機が飛ぶかどうかが心配であるが、とりあえず帯広空港に行ってみたらほぼ予定通りに飛ぶそうだ。私は飛行機の欠航などには遭遇しないことになっているのだ。

羽田までは5分遅れの到着で昼に到着した。羽田で股引を脱げば良かったのだが、昼食を食べていてその時間が無かったから、着たまま那覇に行ってしまった。

那覇はこの日28度という気温で、急に暑くなったという。私を歓迎してくれているようだ。しかし、空港からホテルまでは股引のおかげで猛烈に暑かった。

ホテルに17時頃に到着し、東京に居た学生時分の、マジックの兄弟子で現在は沖縄在住の佐喜真学さんに連絡を入れる。佐喜真さんは私よりも6歳年上であるが、彼も学生時代からジミー忍師に弟子入りしており、大学卒業後2〜3年間ほど「美地学」という芸名でプロマジシャンとして活躍していた方だ。

私が大学を卒業して北海道に戻ってからは音信不通であったが、ジミー忍師の13回忌で再会してから再び交流が始まり、以来、私がメロンを送り、佐喜真さんがマンゴーを送ってくれるということを毎年行っているし、3年前にはご夫婦で北海道に遊びに来られたこともあった。

今回も事前に連絡を入れておいたので、忙しい中、ご夫婦で食事に誘ってくれたという訳である。

先の選挙で宜野湾市長になった佐喜真市長と同じ苗字なので聞いてみたら親戚だという。弟さんはロック歌手で「ジョニー・ギノワン」という芸名で活躍されているとのこと。やはり芸能好きな血なのかも。

つづく


■2012-03-07-Wednesday 沖縄2

佐喜真学さん夫婦に

「沖縄の台所ぱいかじ」という店に連れていってもらった。沖縄料理の店である。

私は食べ物に結構好き嫌いが多くて、刺身や臓物や酢の物、豚の耳のミミガーや豚足など軟骨ものも苦手であるから沖縄料理には食べられないものも多い。

そこは古くからの付き合いなので、これこれは食べられないと最初に言って好きなモノだけ注文してもらった。

お酒は最初がオリオンビールで乾杯である。このオリオンビールは沖縄で飲むと美味しいのだが、お土産で買って帰るとあまり美味しいとは感じない。たぶん沖縄の気候に合っているのだろう。泡盛も一緒だ。沖縄で飲むととても美味しいと感じるのに北海道で飲むとイマイチ合わない気がするのである。

この日も美味しい泡盛をロックで4杯も飲んで昔話に花が咲いた。

沖縄は那覇市に人口が集中しているから、那覇市内の交通渋滞は物凄い。信号の長いのには驚いた。いつまで経っても変わらないのである。やはり沖縄の人はノンビリしているのだろうか?バイクが車の間をスイスイと抜けて行くが、これがまた実にアブナイ。あれでは結構、衝突事故が起きているのではなかろうか?

ニュースで沖縄のこの冬の日照時間が観測史上最低であったということを言っていたが、今回の沖縄滞在中も連日雨が降った。私は「晴れ男」という自負があるので、めったに旅行先で雨が降ることはないのだが・・・。気温もその分暑過ぎるということはなかったが・・・。

先月グアム島にゴルフに行った時は、気温が30℃を超えていたので帯広との気温差が+−60℃近くにもなったが、グアムは外国だから当たり前という感じで大して気温差が気にならなかったのだが、沖縄は27℃で帯広が−5℃位だから差が32℃程度なのに、同じ日本だと思うと随分と差があるように感じる。

人間の感覚とは不思議なものである。


■2012-03-08-Thursday 沖縄3

沖縄に行って感じることは

日本は北海道から沖縄まで、南北に長い国だということだ。同じ日本だというのに、帯広では−10℃近い寒さで回りは雪だらけ、一方の沖縄は+27℃で、さすがに海水浴は出来ないもののゴルフなどは半袖で出来る。太陽の出ている時間が、緯度の高い北海道とは夜明けも、日没もまるで違う。沖縄は朝方7時くらいまで真っ暗で、夜明けも急激にやって来る感じだし、日没も太陽が急激に沈むように感じるが、沖縄は帯広よりもかなり西側にあるから日本時間でみると、日没自体が1時間近い時差があるように感じる。

昨日のブログにも書いたが、外国に行くと違和感を感じないのに、同じ日本で太陽の感覚が違うということにすごい差を感じるのは私が変なのだろうか?

グアム島に行った際も、全くといっていいほど買い物をしなかった。沖縄に来ても同じである。

まぁ、この時期には果物も無いし・・・。

今回もお土産を全く買わずに那覇空港に入った。何か、お菓子でも買って帰るかと売店を物色したが、買いたいとおもうようなものが無かったのだ。一軒の店で、パインアップルとマンゴーの生干しのドライフルーツ(表現が変かな?)があった。試食してみたら、グアム島で買ったマンゴーのドライフルーツよりも美味しかったので、お土産に買って来たら・・・。

家に着いて妻にお土産だと渡したら「フィリピン産」と書いてあった。沖縄で輸入して、沖縄でしか販売していないと書いてある。空港の売店では確かに「沖縄でしか売っていません」とは書いてあったが「フィリピン産」とは書いていなかった。ウ〜ン、これってあり?

後から聞いたら、沖縄土産のお菓子も、本州資本の店が多いらしいという。全国各地のお土産お菓子を、本州のひとつの工場で造って各地で販売しているという噂である。何だかなぁ〜という感じだ。

やはり地元のものを売って欲しいものだ。本来のお土産ってそうじゃなきゃ意味がないだろうに・・・。

沖縄の郷土料理もオリオンビールも泡盛も沖縄で食べるから美味しく感じるのだ。つまりその場所に合っている食べ物ということだ。

場所も旬も無視した食べ物はやがて飽きられる。

果物も南の沖縄や九州あたりで旬の時期に採れるものが一番だ。付加価値を付けるために、収穫の時期を多少ずらすハウス栽培がせいぜい許される範囲だろう。場所に合っていないものを作って売っても奇をてらっただけで根付くことは少ないだろうと感じた。


■2012-03-09-Friday 諸事雑感

沖縄からの帰りの途中

羽田空港で乗り換えがあるのだが、空港全体の照明をかなり落として節電しているように見受けられた。

飛行機と飛行機の乗り換えなので、ターミナルビルの売店の方には出られないから、そちらの照明も落としているのかは判らなかったが、乗り場の通路などはかなり暗かった。しかし、これくらいの照明でも何の不自由も感じない。むしろこれくらいで丁度良いと思う。今までが無用に明る過ぎたのだ。

外国に行ってみると日本の異常なまでの明るさが判るが、日本にだけ居ると、この明るさを普通に感じて、逆に外国は暗いなぁと感じてしまいかねない。それほど過剰なサービスに毒されているということだろう。

後2日で3.11から丁度1年が経つ。恐らく、明日と明後日は東日本大震災関係の番組でテレビなどは埋め尽くされることだろう。

しかし、このところ科学者と称する人間の何人かが、他の発電方法に対しての原発の優位性を喧伝していたが、科学者という奴等はまるで本質を理解していないと感じた。環境問題的にどうとか、エネルギー効率的にどうとか何て全く関係無い!

現代科学で核のゴミを処理できないのに、後世に先送りして、自分達の世代が贅沢することが問題なのだ。損か得かという観点でモノを捉えるのは間違いだと思う。しかもその損か得かの観点もオカシイ。

科学者は、その場のデータだけで考えて、地球全体を見ていない。まさしく視野狭窄の典型である。

このバカな科学者は、飛行機の安全性と自動車の安全性を比べて、9.11以降、アメリカでは自動車での移動が増えて交通事故死した人間が、飛行機事故で死んだ人間の何倍もいたというようなアホな比較をしていたが、原子力を火力にしたら石油代が掛かるし、CO2の排出量も増えて環境負荷が大きくなるというが、福島第一原発での損失が一体いくらになると思っているのか?

汚染された冷却水を入れたタンクの処理は?

除染した土の処分は?

廃炉にするために掛かる30年の歳月と経費は?

それに何より、原発事故で人生を狂わされてしまった福島の人達に対する保証はどう考えているのか?

フザケルナ!と言いたい気分だ。

そろそろ1年経ったから、もう良いだろうと、あの当時の情報などが小出しにされている。いかに隠ぺいしようとしていたかが判ろうというものだ。そして、政治家や企業家が誤まった方向に誘導しようと陰謀をめぐらせているようだ。嫌〜な感じがする。


■2012-03-10-Saturday 戦火の馬

映画「戦火の馬」を観て来た。

妻が、私の沖縄からの帰りを待っていたと言うので、例によって「夫婦50歳割引料金」で2人で2000円で観て来たのである。

この映画の時代背景は第一次世界大戦で、馬と少年の奇跡的な絆を描いた作品である。

昔から、動物を扱った映画はズルイと言われてきたが、たしかに、スピルバーグはズルイ。

馬に上手く感情移入させられてしまった。

随所に「クスッ」と笑わせる箇所もあるし、勿論「ジィ〜ン」と涙を誘う箇所も沢山ある。さすがスピルバーグだ。複線の張り方が巧みである。そんな馬鹿なと思わず口にしたくなる場面もあるが、なかなか感動させてくれる映画でもある。

それにしても、人は何故に戦争と云う愚かな行為を繰り返すのだろうか?

戦争が誰かを幸せにしたことがあるのだろうか?

現代の日本で、もしも戦争をすることになったら、自ら進んで兵隊になって戦うという若者が居るのだろうか?

親だって、子どもを戦争に出そうなんて云う人は居ないのではないか。

でも、何だか、最近の鬱屈した世界を見ていると、何処かで、戦争を仕掛けてチャラに戻そうなんて考える奴が出てくるかもしれないという感じがしている。


■2012-03-11-Sunday 大震災1周年

今日3月11日は

東日本大震災から満1年目である。

テレビでは先週から震災関係の特集番組が放送されているが、昨日と今日は、どの局もそればっかりという感じである。

現在の被災地の様子を映している場面を見て思う事は「それにしても、復興があまりにも遅過ぎないか?」という感想だ。

阪神淡路大震災と比較してみても、東日本大震災の方が規模が広いと云うことと福島第一原発事故があったことが影響していることを差し引いたとしても、あまりに遅いと感じるのだ。

瓦礫の処理も進んでいないし、第一、政府の方針が定まっていない。日本人は実にまずい時期に民主党及び菅直人と云う史上最低の男に政権を渡してしまったようだ。

かと云って、自民党だったらまだ良かったのかと云うと、谷垣総裁では菅と同程度かなとも感じるから、目クソ鼻クソか。

1年経っても被災地がまだこんな状態なのに、国会議員のアホ共は政争を繰り返している。いっそのこと、国会議員全員をクビにした方が良いのではなかろうか?

国立劇場で行われた政府主催の追悼式に天皇陛下が病後間も無い御身体なのに出席されてお言葉を述べられていた。

その前の野田首相の虚しい言葉との差がモロに出ていたように感じた。

今回の大震災において政治家の対応能力の無さと、国民からまるで信頼されていない姿を見るにつけ、もしも天皇皇后両陛下が居られなかったらどうなっていたのだろうか?

私は別に天皇制というものを崇拝してはいないが、日本人にとっては天皇と云う象徴は必要なものだと感じた。

被災地、特に福島県の原発避難地域の惨状は酷過ぎる。家畜やペットが野生化している状況はまとも画面を見ていられないほどだ。

政府は、まず福島県の惨状を何とかしてあげなければ存在価値がない。

今朝のテレビで、細野豪志が当時の言い訳ばかりを言っていたが、言い訳は実に見苦しい。政治は結果責任だ。

とここまで書いていたら、17:33頃にドド〜ンと地響きがした。

この状況で、首都直下型地震だとか南海地震だとかが起きたら・・・。

忘れっぽい日本人に、常に備えておけよと警告を与えているのかも知れないなぁ。

夜のBSTBSで震災特集をやっていたが、仙台市の歓楽街国分町では飲食店や飲み屋が空前の好景気で、ベンツなどの高級外車や高額のペルシャ絨毯が飛ぶように売れていると云う。解説では、人生何が起こるか判らないから我慢をやめて刹那的に今を楽しもうという心理になっているとのことだが・・・。

一方で津波の被害に会った沿岸部では、家を無くして、しかもそのローンが残って悲惨な状態になっている人が大勢いる。

政府がやるべきことは雇用を生み出すような援助であるべきだろうに、建設業者への仕事ばかりであるようだ。

1年経ったのだから、もっと、自分で自分等の生活を何とかしたいと考えている被災者の人達に、手厚く的確な援助が出来るように、一刻も早く手を打って欲しいと望む。


■2012-03-12-Monday 瓦礫処理

昨日のニュースで

野田首相が国民に向かって、東北の瓦礫を他の県でも受け入れて欲しいと要請する場面があったが・・・。

日本人の心情としては受け入れてあげるべきなのだろう、と一瞬思った。だが、ちょっと待てよ!

首相が国民に対して情緒的に訴え掛けてどうする!

まずは政府がやるべきことをやった上で、どうしても、どうにもならないなら、国民に対してお願いすることがあっても然りだと思うが、他の県に受け入れさせて国が何もやらないというのはオカシクないだろうか?

今回の震災で、津波の被害を受けた地域は、土地のかさ上げを計画しているところもあるはずだ。

まずは、瓦礫を被災地で処理できるような施設を国が金を出して建設して、その施設で処理した瓦礫を埋め立てに使うなどした方が良くはないのか?

昨日のニュースでも、津波の被害に遭った沿岸部では、仕事が無いということであったから、瓦礫処理と埋め立てで当座の仕事を創出してはどうだろうか?漁業と土木作業とでは仕事の質が違うと云う声が聞こえてきそうだが、どの道、沿岸部に漁業関係の施設を作るにしても、土地のかさ上げや堤防などを作った上でなければ出来ないだろうから、まずはそこに暮らす住民が、自分達の土地は自分達で安全策を講じて、更にそこから生活費も稼げば良いだろうと思うのだ。

他県にわざわトラック等で運んで処理するよりはよっぽど良い方法なのではなかろうか?

受け入れる側の住民にも反対している人が結構いるようだ。反対するのも同じ日本人としてはどうなのかなと思うところもあるが、ここは他県の行政まかせにするのではなく、国がリーダーシップを取って解決するべきだと思う。

私には、首相が国民の情緒に訴え掛けるという政治手法は、かえってアブナイ政治姿勢に感じるのだが・・・。


■2012-03-13-Tuesday 悪女?!

木嶋佳苗被告に

関係した男性3人の不審死他の事件の裁判で、12日検察は死刑を求刑した。

この事件は、目撃者もおらず、直接証拠も無く、木嶋被告の自供も無い。検察は状況証拠の積み重ねと推論で、木嶋被告の犯罪だとしている。

確かに、状況証拠では、「真っ黒けっけ」という感じだが・・・。

裁判の原則は「疑がわしきは被告の利益に」「推定無罪」という大原則がある。これは「冤罪」を発生させない為のものだ。

推理小説やテレビドラマなら、名探偵が登場して、犯人に状況証拠や推論をぶつけると、「私がやりました」と観念するのが通り相場なのだが、実際の事件や裁判では、小説などのようにはいかない。

推理小説大好き人間の私が推測するに、木嶋佳苗という女性は、根っからの「詐欺師」体質なのだろう。詐欺師という連中の中には、思い込みが強くて、自分の都合の良いストーリーを作ってはそれを真実だと思い込んでしまうという性質があるようである。かつては一緒に仕事をした私の元同僚にもこういう詐欺師体質傾向の男がいたから良く判るのだ。

この木嶋佳苗も幼い頃から、こういう傾向があったような報道があるから、シンデレラストーリーを自分で創作しては、その世界にどっぷりとハマっていたのだろう。こうなると、もはや現実と空想の区別がつかなくなってしまうから、木嶋被告にとっては今回の裁判も空想世界の中の自分に対するイジワルだと思っているかもしれない。

この木嶋佳苗被告の登場によって、これまでの結婚詐欺の概念が変わった。結婚詐欺はもっと美人がするものだと思っていたからだ。しかし、逆にあんまり美人過ぎると、男性側が警戒してしまって上手くいかないのだろう。「自分にはこれくらいの程度の容姿で十分だ」と思わせる方が適している(この言い方は変かな)のかもしれない。

この裁判で一番苦労するのは、裁判員の人たちだろう。素人の一般人がかなり長期間に渡って裁判に拘束され、死刑か否かという人の命の問題を扱わなくてはならない。しかも、状況証拠だけで積み上げた検察の論告に「疑わしきは被告の利益に」と「推定無罪」という壁がのしかかる。これは玄人でも判断に迷う様な事例だろう。検察は「朝、目覚めて庭に雪が積もっていたら、昨夜から雪が降っていたと考えるが普通の考え方だ」と云うような趣旨の発言を最後に裁判員に投げ掛けたというが、果たしてどこまでが疑わしいのかという判断はとても難しいだろう。裁判員の方はお気の毒である。


■2012-03-14-Wednesday テレビの

13日19:00から

フジテレビ系列で「今夜解禁!マジックのタネここまで見せるか禁断のトリック大公開」なる番組が放送された。

18:30から会議があったので、録画しておいて後から見たのだが・・・。

台湾のマジシャンとアルゼンチンのマジシャンと日本人のマジシャンがそれぞれ、マジックのタネを明かしていくという番組である。

テレビ局はマジックのタネ明かし番組を作れば視聴率が取れると踏んでのことであろうが・・・。

出演マジシャン側もいわゆるガイジンマジシャンを3人の内2人使ったということは、日本人マジシャンで積極的に出演しようという人が少なかったのかもしれない。

少し前にも似た様なマジックのタネ明かし番組があったが、からくりドールというデブの日本人マジシャンが自分で考えたネタを明かすという趣旨であったが・・・。

彼等タネ明かしをしているマジシャンは、テレビに出演できて有名になれるからとか、自分の本拠地ではない外国だから良いだろうとか、そんな程度のことで、ギャラにツラレて出演をOKしたのだろうが、まったくアホとしか言いようがない。マジシャンとして自殺行為でしかないからだ。

アメリカでも「マスクマジシャン」という今回と同じ様に仮面を着けて素顔を隠してタネ明しをやるマジシャンがいるが、それまでパクッていた。

最近のディレクター連中は良いマジシャンを育てようとか、質の良いマジック番組を作ろうとかいう意識が無いのだろう。低俗で視聴率稼ぎしか頭にない。恐らく、今回の番組のディレクターという人物もマジックを愛してはいない人物なのだろうと思う。

日本人は、マジックのタネを知りたがる人種だ。マジックのタネを見破れなかったら、マジシャンに馬鹿にされているように感じる人種なのかもしれない。マジックをエンターテェィンメントとして捉えていないのだろう。不思議なことを見られて面白かったで済まされない人が多いようだ。なんとも情けない。これは、まだ日本の文化の成熟度が足りないのだろう。

日本のテレビ屋の連中が、この文化の低俗さを助長させている。最近の不況で番組制作予算が削られているから、ますます安直で低劣な番組ばかりが増えている。

テレビ局もこんな番組ばかり作っていたら、視聴者から見放されてしまうことだろう。

出でよ!志の高い製作者よ!


■2012-03-15-Thursday 契約更新料

東京方面で暮らしている

長女と長男のアパート管理会社から、それぞれ契約の更新に際して、保証人の印鑑を押せとの書面が届いた。関東では2年毎に契約を更新する度に更新料と称して1ヶ月分の家賃を取るのが慣行だと云う。

10年に一度位の更新料と云うならまだしも理解は出来ようが、2年毎というのはあまりにアコギな商売ではないか。大学生なら4年間そこに住み続けたら必ず更新料を払わなくてはならないことになる。同じ不動産賃貸業を営む身としては納得できない慣行だ。

私が学生の時に姉と二人で入居していた池袋のアパートにも更新料というシステムはあったが、大家さんが学生さんだから更新料はいらないよと言ってくれた。店子とのトラブル回避の為なのだろう。最近は大家が直に家賃を徴収することは少なくなったようだ。間に管理会社などの業者を入れるから、店子が勤め人であろうが、学生であろうがお構いなしだ。学生から更新料を徴収するなんてどう考えてもヨロシクナイ。

アレ〜ッそう云えば、何年か前に、関西方面で契約の更新料は払わなくても良いとか云う裁判の判決が出てのではなかったと記憶しているのだが、あれはその後一体どうなったのだろうか?


■2012-03-16-Friday ネットオークション

Yahooのネットオークションで

「奇術」と云うキーワードで古書を検索していたら「続さんげ袋」と云う江戸時代の享保12(1727)年発行の本が出品されていた。値段は何と1000円である。これはシメタと思って3129円で入札した。

「出品者のその他のオークション」を開いてみたら、「続たはふれ草」と云う享保14(1729)年の本と「神仙秘事睫」と云う寛保2(1742)年の本も2冊とも1000円で出品されていた。

この出品者は江戸時代の本を20冊ほど出品しているが、手品の本の価値を知らないのかなぁと思ったのである。

神田の古本屋で購入したら10万円の値段が付くかもしれないような本である。同じく3129円ずつで入札しておいた。

後者の2冊は「奇術」や「手品」で検索を掛けても出てこないから、気が付いているのは私だけだとほくそ笑んでいたのだが・・・。

やっぱり、気が付いた人間がいたようで、翌日にはあっさりと高値更新されてしまった。

いつも競い合うコレクターのライバルかと思って、入札履歴を見てみたら初見の相手であった。評価も20ポイントとまだ低いところをみるとオークションを始めたばかりなのかもしれない。

こうなると私も意地になるほうだ。何とか3冊とも手に入れたいと思ったのだが・・・。

先月と今月は、もうひとつの趣味であるゴルフにお金を使い過ぎてしまって軍資金が足りない。

妻に貸してくれと言っても、マジックの本を買うお金なんて貸してくれるはずはない。なにしろ妻は、私の8500冊のマジックの本のコレクションをただのゴミと言ってはばからない人間なのだから。

今回は諦めるしかないだろうが、それにしても悔しい。先週も、沖縄に行っている間に、落札したと思っていた本を、横からサラワレてしまったばかりで悔しい思いをしているのに。


■2012-03-17-Saturday マジックの見栄

現在マジックの教室を2つ持っている。

月2回で水曜日と木曜日の晩に教えているのだが・・・。

水曜日の方は、地元の新聞社「十勝毎日新聞」が運営する趣味の教室の「勝毎アカデミー」講座のひとつとして、3ヶ月6回の講習でワンクールという設定である。こちらの教室の方はなるべくお金を掛けないで、運営できるようにしている。

例えば、勝毎アカデミーの教室で現在指導している「CUPS&BALLS(カップアンドボール)」と云う世界最古のマジックのひとつといわれているマジックの道具は、3個のコップとボール大小2種類、ウォンド(魔法の棒)と云われる棒1本と下敷き用のマットがあればできるのだが、コップは百円ショップで買ったもので済ませ、棒も百円ショップで売っていた長い棒をのこぎりで切ったものを使っている。大ボールも百円ショップで売っていたペットの遊具を使用した。小さいボールとマットだけはマジックショップで購入したものだ。道具代は全部で3500円程度で済ませたのである。

もうひとつのマジック教室は「十勝マジック愛好会」の有志数名の個人レッスンを、月2回木曜日に行っているのだが、15日(木)に教室が始まる前に、私がカップ&ボールの練習をしているのを見た愛好会の方が、そのマジックを是非覚えたいと言い出した。全員で同じマジックを習ってお互いに教え合うようなスタイルにしたいというのである。

私も、個人的にバラバラに教えるよりも数人をまとめて教えた方が楽であるから、もちろんOKをした。

そこで道具の話になったので、勝毎アカデミーでの道具の話をしたら「自分達は、先生(私のこと)が使っている道具と同じものを使いたい」と云う。私の使っているカップは金属製で15000円程度する代物だ。ウォンドも木製で1200円程度、大ボールは1800円程度、マットは高級品で総額24000円程にもなる。「もっと安い道具もありますよ」とカタログを示しながら言ったのだが、しかし、彼等はこれが良いと云うのだ。

マジックショップは喜ぶだろうが、7倍高い道具を使ったからと云って7倍の機能がある訳じゃぁない。ただのカップと玉だから仕掛けは付いていないので道具が自動的にマジックをやってくれる訳では全然ないのだが・・・。

まぁ、確かに高い良い道具を使えば、見栄えは良いし、上手そうに見えるかもしれないが・・・。長年のマジック愛好家が、素人の教室の生徒と同じ安い道具を使ったのではプライドが許さないということなのかもしれない。

あとは道具負けしないように、しっかり練習して技術も身に付けてくれたら良いと思っているのだが・・・。


■2012-03-18-Sunday 参入

Yahooのネットオークションでは

これまで購入一辺倒であった。

私はマジック関係書籍の収集をしているが、師匠の故ジミー忍(1995年52歳没)の「マジック博物館を作って欲しい」との遺言で、師のコレクション約1000冊が私の自宅に送られて来たのだが、私も独自に収集していたので、かなりの部分がダブッていたのだった。

私は96年からまちづくり関係の「十勝環境ラボラトリー」を創設し、活動を始めたので忙しくてマジック博物館の方は手付かずであった。2006年12月末に十勝環境ラボラトリーが解散し、2007年3月末日には私が「北の屋台」から卒業をしたので、ようやく自分の時間がつくれるようになり、そこからまずは「マジック図書館」の充実に動き始めたのである。

会社のHP上に「マジック古書店」を開店したが、宣伝が悪くてあまり知られていない様で注文が少ないから、なんとかネットオークションに出品したいと考えていたのだが、写真の掲載の仕方が判らなくて、これまで参入が出来ていなかったのである。

最近、ボケてきたのか、既に所持している本を落札してしまう自体が増えてきた。8500冊もの本を全て覚えていられる訳がないし、入札する前に一応は調べるのだが、見落としてしまうのである。

本が送られて来てから、既に持っていたことが判って、自己嫌悪に陥るのが常態化しているのが現状である。そういう本がかなりの数に上ったので、コンピュータの事に詳しい人に会社に来てもらって、先日、ようやくネットオークションに参入出来たという次第である。

妻は、私の数々のジャンルに渡るコレクションを全て売ってしまえとキツイことを云うが、果たして売れるものなのだろうか?

まぁ、最初の締切りを楽しみに待つことにしよう。


■2012-03-19-Monday JC

18日の昼頃に

帯広青年会議所(JC)の後輩である現役会員(40歳以下)から携帯に「先輩!今日は帯広に居られますか?」という電話が入った。「今は自宅でくつろいでいるけど・・・」と言ったら「今晩お暇ですか?」と聞くので「暇じゃぁないけど時間は作れるよ」と答えた。すると「千歳青年会議所のメンバー数人が、まちづくりに関して北の屋台の設立のいきさつを勉強したいというのですが、先輩、話してくれませんか?」というので、後輩の頼みを無碍にも出来ないから引き受けることにしたのであったが、私の話を聞きたいとわざわざ来てくれる人達が居ることは嬉しいことである。

18:30に自宅に迎えに来て、帯広市内の飲食店で飲食しながら話を聞きたいという。北の屋台近くの新しくオープンした店に案内された。

千歳と帯広は昨年に開通した高速道路によって2時間程度で行き来できるようになったのである。

4人の千歳JCの現役メンバーが出迎えてくれた。まちづくりの参考に北の屋台の事例を勉強したいという。

私は北の屋台の話を始めたら止まらなくなってしまう。食べものはまったく口にしないで、焼酎の水割りだけを飲みながら、一気に90分近くしゃべり続けた。

一段落して、質問に答えながら軽く食事をしたが、私はお酒を飲んでしまうとあまり食べたくなくなる。いつもカラ酒を飲んでばかりいるからだろう。それでもお腹がカラッポで飲み続けるのも翌日に影響するなと考えておにぎりを食べて飲んだ。

千歳JCのメンバーも言っていたが「十勝環境ラボラトリー(TKL)」の活動は15年早過ぎたようだ。「安全で安心なエネルギーと食料の自給他足(自給自足をもじって、余ったら余所にも分けてあげるという意味)」という目標は正に現代にピッタリな目標である。

北の屋台から上がる年間5〜600万円の利益はまちづくりに還元したいという私の主張を退け、個人の生活費に当てるという方針を取ったから十勝環境ラボラトリーは解散し、北の屋台もまちづくり事業とは到底言えない様な不動産賃貸事業になってしまった。現在の北の屋台を運営している組合はまちづくりを止めてしまって、新しい事業には取り組んでいない。実に残念なことだ。

千歳JCの連中は、私の話を聞いた後に、北の屋台を体験していくというから、その辺りをジックリと観察して、まちづくりに必要な精神を考えてもらいたいものである。


■2012-03-20-Tuesday 愛犬バニー

今年16歳になる

ラブラドール・レトリバー黒の♀犬が我が家の愛犬バニーちゃんである。ドッグイヤーは7倍というから、人間の年齢に換算するとゆうに100歳は超えている計算になる。

去年から後ろ足に神経が通っていないような状態になり、立ちあがるのもやっとという感じで、それから外の散歩にも連れて行っていない。

我が家の中を歩き回るだけなのだが、後ろ足がバッテンにクロスしていて、軽く身体を支えているだけで、ほとんど前足だけで歩いているような状態だ。だからウンチやオシッコをしても、体勢を崩してその上に身体ごと転んでしまったり、足で踏んずけてしまうから、家中ウンチの足跡だらけである。しかも最近はボケも出てきたのか、所定の場所以外でもウンチやオシッコをしてしまうようになった。

さすがにバニーの身体全体がオシッコやウンチの臭いがするので、20日の午前中にお風呂に入れたのである。

バニーはお風呂場では自立できなくて横になったまま、それでも気持ち良さそうに後ろ足を伸ばしていた。

ここ2〜3年位バニーの声を聞いたことがない。元々我慢強い犬でキャンキャン吼えることはなかった犬だが・・・。

バニーと一緒に飼っていた同じ白いラブラドール・レトリバーの♂犬のサニー君は、今のバニーと同じ様に後ろ足が利かなくなった途端にピーピーと泣いて、2週間後には死んでしまったが・・・。

バニーは後ろ足が利かなくなってから、かれこれ1年以上経つのに、何くそこれくらいのこと、と云う感じで一向にメゲナイ強い犬だ。耳も聞こえていないようだし、目もあまり良く見えていないようだ。鼻すらも利いていないようで、目の前におやつを出しても判らないことがある。私の風呂上がりに食べるアイスキャンディのおすそ分けだけは良く判る様で、私の風呂上がりには立ちあがって待っている。可愛い奴なのである。後どれくらい生きてくれるのだろうか?


■2012-03-21-Wednesday ヤフオクその後

先週、初めてYahooオークションに出品した。

これまで貯まっていたマジック関係書籍で重複して所有していたモノの内、貴重で売れそうな本から24冊を出品して様子見したのだが・・・。

今回は無料キャンペーン期間中ということで、出品料金が掛からないシステムのものを利用してみた。まだまだ勝手が良く判らないからだが・・・。

しかし、ものの見事に入札ゼロであった。

果たして入札ゼロの原因は、値段を高く設定し過ぎた為か、それともマニアは既に所有していて触手が伸びなかったのか、はたまた、期間が短すぎて気が付かなかったのか、一体どれであろうか?

私の様なマジック本の収集家は人数が少ないから、私が今回出品したような本は既に所持しているのだろう。

再出品しようと思ったら一件1050円の費用が掛かるという表示である。これだけ売れなければ出品費用の方が嵩んでしまう。

次の無料キャンペーンまで待ってもう一度今度は別な商品でトライしてみようと思う。

出品したらすぐにでも入札があるのかと軽く考えていたのだが・・・。

なかなか上手くいかないものである。


■2012-03-22-Thursday 諸事雑感

東電の電気料金値上げの

いい加減さはヒドイものだなぁ。騙すつもりはないなんて言っていたが、相手が気が付かなければOKと云うズルイ姿勢がミエミエである。

自民党の河野議員が先日の朝のワイドショーでこの企業向け契約のズルさの告発みたいなことをやってから、ようやくメディアも騒ぎ出したようであるが、一体、東電と云う企業の体質はどうなっているのだろうか?

福島第一原発の事故は、自分達には責任は一切ないと思っているのだろうなぁ〜。だからこんなことをやるのだろう。

枝野経産相の会見も「開いた口が塞がらない」なんて無責任なことを言っていたが、そもそも東電の値上げについては政府がしっかりと指導するべきことだろう。人任せにしておいて、さも、自分は知らなかった。東電の対応には呆れると言っても、国民は同じ様にフザケルナ!としか言わないだろう。この国の大企業も政治家も皆、腐っている。

それに比べて、昨日開幕した選抜甲子園野球での石巻工業高校の阿部主将による選手宣誓にはグッとくるものがあった。

政治家の連中の軽い言葉よりもよっぽど人を感動させるものがあった。

埼玉県東松山市のマンションで鉄製の足場が倒れて、保育園児が下敷きになって死亡した事故が報道されたが、この死亡した園児はこの4月に小学校に入学する予定だったというではないか。小学校の入学は人生の中で我が子の一番可愛いらしい行事である。おじいちゃんやおばあちゃんらもランドセルや机などを買ってあげて、入学式を楽しみにしていたに違いない。ご両親等ご親族の気持ちを思うといたたまれなくなる。工事業者は、デフレで安い工賃しかもらえない時代だから、少しでも経費を安くあげたいと云うことなのだろう。安全性よりも経済性を優先させた結果であろう。強風の中、足場を固定していなくて、しかも担当者が現場にも居なかったというから、これは重大な問題である。しかし、いくら賠償されたとて、可愛い我が子が戻って来る訳ではなし、こういう事故は起こしてはいけない。

財政破綻寸前の大阪府泉佐野市がネーミングライツとかで市の名前を売却するというから呆れた。企業が買って、ヘンテコリンな商品の名前が付いたりしたら、住民は恥ずかしくなって、その町から逃げ出すかもしれないではないか。遂にアホもここまできたか。

この国は一体どこに行こうとしているのだろうか?そろそろ国外に逃げ出す準備でもしておこうかと思ったら、ハワイの別荘地販売で詐欺事件が起きたような報道があった。終の棲家を常夏のハワイに求めた老夫婦数十人から数千万円ずつ数億円の金を騙し取って自己破産したという。

悪い奴が多過ぎる。一体何を信じて生きれば良いのやら・・・。


■2012-03-23-Friday 依田勉三

新聞で「依田勉三と晩成社」という

本の紹介記事が出ていた。地元十勝の郷土史研究家で今年1月に亡くなられた井上壽さんの著になるもので最後の出版物になるという。執筆途中で体調を崩されたとのことで、後を加藤公夫さんと云う方が引き継がれて完成させたという。

井上さんには、帯広の歴史の勉強会に講師として来て頂いたこともあるし、拙著「北の屋台読本」と「北の屋台繁盛記」や「十勝環境ラボラトリー」で出版した「場所の意志に学ぶⅠ、Ⅱ、Ⅲ」などを資料として欲しいと言われて謹呈したこともあったのだ。

「依田勉三(よだ べんぞう)(1853-1925)」と云っても、帯広市以外の方には馴染みの無い人物だと思うので、ごく簡単に経歴などを書く。

帯広は今年2012年が開基130周年の記念の年であるが、その開基は、明治16(1883)年に慶応義塾に学んだ静岡県伊豆の松崎町出身の依田勉三らが中心となって作った「晩成社」が帯広に入植した年なのである。

私が小学生の時には、依田勉三、鈴木銃太郎、渡辺勝ら晩成社の開拓の歴史が載った副読本が社会科の教科書になっていた。

その時分の副読本では、依田勉三は「開拓の祖」とか「拓聖」などと賞賛されていて、今日の帯広があるのは依田勉三のお陰げであるとの雰囲気であった。

しかし、今回出版された「依田勉三と晩成社」では、果たして依田勉三は本当に「拓聖」などと美辞麗句で祭り上げられるような人物だったのか?というところから出発している。

私も以前に井上さんから「晩成社の事業は失敗の連続で、何一つ成し遂げていない。帯広の開拓は刑務所の囚人らによるものだ」と聞いていたので、とても興味があったのだ。

まぁ、昔の人は刑務所の囚人に依って開拓されたというのは聞こえも悪いから、帯広開拓の英雄を一人作っておきたかったのだろうと思う。

これには帯広出身の歌手中島みゆきの祖父の中島武市氏の働きが大きいようである。

まぁ、この本の内容は資料の様で読み物としてはあまり面白くないが、一見の価値はあると思う。

依田勉三と云う人は、目の付け所は素晴らしいと思うし、気宇壮大な夢を持ったロマンチストではあったのだろうが、マネジメント能力と粘り強さと云うものが欠如していたのだろうと思われる。

人の評価と云うものは時代に依って変わるものである。誰かが何かの意図で評価を捻じ曲げたとしても、いずれは正しい評価がなされるのだ。5年前まで私が所属していた某組織でも、私という存在を消して、今運営している連中が造ったことにしようなどと画策しているようだが、いくらなんでもそれには無理があるっていうものではないだろうか?

余所の人達にならいざ知らず、帯広の市民にならそんなウソはすぐにバレることだろう。

開基130年を期に晩成社の評価が変わるかもしれない。


■2012-03-24-Saturday 結婚式

姪の結婚式が24日札幌のホテルであった。

新婦である姪の名字は「坂本」だが、新婦の父親と私に血縁関係は無いと書くと・・・。

???多くの方がこうなるが、妻と新婦の母親が姉妹なのである。こう書いても???の方が居るだろう。

妻と妻の姉は二人姉妹であるが、その二人が偶然にも同じ「坂本」姓の家に嫁いだという訳である。しかも夫の名前の上の字に共に「和」が付くから、新郎の関係者も皆、私と新婦の父親が兄弟だと思い込むのである。

親族紹介の時に義兄がその説明をしていたのだが、この場面はいつもオカシな雰囲気になる。というのも以前に新婦の姉の結婚式の時にも同じ場面があったのであった。

妻の高齢の両親は孫の結婚式に出席する為に、前日に妻がエスコートして札幌に行っている。式当日も、式が終了後すぐに帯広に戻ると疲れるからホテルに泊まって翌日にJRで戻るという日程だ。

私は、自宅に高齢犬のバニーを飼っているので、犬を預けたりすることは出来ないから、早朝にJRで出掛けて、式の終了後にまたJRで戻るというトンボ返りのスケジュールである。

おまけに帯広の天気予報は大雪の予想である。毎年、この時期、お彼岸の後に大雪が降るのが決まり事のようになっているのだ。朝、自宅を出る頃には既に2〜3㎝の雪が積もっていた。帰って来たら雪かきが待っている。

私は余興で「マジック」を披露することになっている。最近の結婚式はこじんまりと家族と友人等だけでやるようになっているから50名程の出席者数であると云う。何をやるのか迷ったあげくに「カップ&ボール」を演じることにした。「世界で一番、長く続いているマジックだから、二人の結婚生活が、このマジックのように末長く続いてくれることを祈念して・・・」と云う口上を付けて演じたのである。

一応、前日の夜に練習して完璧にしておいたし、本番前の酒は控えたのである。マジックは上手く出来たしウケも良かったから役割を果たしてホッとした。

若いと云うことはそれだけで人生の可能性があると云うことだ。年を取ると、あれをやっておけば良かったとか、こうすれば良かったと悔やまれる事が多い。共に手を携えて幸せな人生を送ってもらいたいものだ。

このところ、姪や甥らが結婚する時期に来ている。我が家の娘もそろそろ適齢期である。次は一体誰が結婚するのやら・・・、


■2012-03-25-Sunday ジュエルクラブ

24日の札幌での姪の結婚式を

終えて帯広に戻り、犬の世話をしてから、自宅の前を除雪して、すぐに繁華街の飲食店に向かった。

この日は、2月に一緒にグアム島にゴルフに行った人達で作っているゴルフの愛好会のジュエルクラブの総会である。ジュエルクラブは今年で33年目になる会である。

青年会議所(JC)のメンバーで特にゴルフが上手くて、好きな方々が作った会だから、発足当初はメンバーのほとんどがシングルプレイヤーであったと云う。さすがに33年目ともなると、チャーターメンバーは60歳代後半になっているから、ハンディも下がり気味であるが、それでも平均ハンディは12前後と云うところか。

最近は、若い人がゴルフをやらなくなっているようで、新人の入会が少ない。ひかもメンバーはシングルでなくてはならないと勘違いしているJCの現役メンバーもいて、なかなか現役メンバーが加入して来ないのだ。

私の時は、先輩に半分強引に入会させらたものであったが、最近はそういうことはご法度のようである。

この日の一次会の会場は、去年3月に亡くなったメンバーの飲食店で開催された。私は札幌日帰りで、結婚式から戻ったばかりで疲れていたのだが、「二次会に飲みに行くぞ!」と云う先輩の声を無視して帰る訳にも行かずに結局3次会まで付き合わされたのであった。

まぁ、自宅に戻っても妻が居る訳じゃぁないし、たまにはこう云う付き合いと云うのも大切にしておかなくちゃならないからね。


■2012-03-26-Monday 母の誕生日

母の誕生日が今月28日なので

25日日曜日に祝うことにした。

ちょうど弟の家族も母の家に遊びに来ていたので、弟家族を誘って6名で北海道ホテルの和食レストラン六郎で食事会をすることにしたのである。

母は誕生日で満81歳になる。母の両親は共に60歳代で亡くなっているから、母は父よりも先に自分が死ぬと言っていたのだが、現実は父が64歳で亡くなり、母は81歳になってもピンピンしている。

股関節に人口骨を入れる手術をしてからは、歩けるようになったし、頭の方は、昔からモノ忘れが多い人だが、まだボケずにシッカリしているようだ。適度に忘れていく方が脳味噌には良いのかもしれない。去年の暮れに一番下の妹が先に亡くなったから多少気落ちはしているが身体は元気である。このところ右腕が痛いというので、毎朝、私が母の家を訪ねてお灸と湿布をしている程度である。

あまりベッタリと一緒に暮らすよりも、すぐ隣で別棟で暮らし、晩飯だけ一緒に食べると云う生活の方が、気の張り方が違うのだろう。

施設などに入れたりするとボケ易いと言われているから、多少は離れている方が精神的にも肉体的にも良いのだと思う。

母は4人の子どもを産み育てたが、その内の3人が帯広に居て、しょっちゅう顔を出すから「私は幸せだ」と言っている。

まぁ、いくつになっても子どもは子どもであるから、適度にぞんざいな口をきいたりするのも刺激になっているのだろう。

本人もピンピンコロリと逝きたいと言っている。なによりそれが一番幸せなのかも知れない。


■2012-03-27-Tuesday 地震?

我が社の向かい側の旧北洋銀行ビルの

取り壊し作業が終盤に向かっていて、現在は地下の解体作業を行っているのだが・・・。

コンクリートの床をはぐるのに、クレーン車の先に掘削装置の様なものを付けてガンガンと掘っているのだが、ものすごい振動で、我が社も一緒に揺れている。地盤が同じなのか、この振動がまた良く響くのである。

朝方9時頃から夕方の5時までひっきりなしにガンガンやっているからウルサクてとても仕事にならない。来社してきた人は、この振動に最初は「ウワッ 地震!?」と驚くが向かいの解体工事だと説明すると、段々慣れてくるようで、その内気にもしなくなる。これと同じ現象が、本物の地震でも起きているのではなかろうか?

昨日も岩手県で震度5の地震が発生した。このところ震度4とか5とかの地震では日本人は驚かなくなっているのではないか?

非常に危険なことである。狼少年のような状況に近づいているように感じる。

だが、その前に、この向かいのビルの解体工事の振動と騒音が、まだ1週間ほどは続きそうなので、その内具合の悪くなる人が多数出てくるのではないかと心配している。あまりにもヒドイ振動と騒音であるからだ。

それにしても、新聞を見ると、このところ地球上のいろいろな場所で地震が発生しているようだ。なんだか不気味な嫌〜な感じである。


■2012-03-28-Wednesday 北海道総合開発委員会

27日札幌で

平成23年度の「北海道総合開発委員会」が開催され参与として出席して来た。

この「北海道総合開発委員会」というのは、北海道のおおよそ10年間の政策の計画を策定するもので、今回のものは平成19年12月に策定し、平成20年から計画がスタートしたものである。

私は平成17年から参与として計画作りに参画してきたが、27日の会議の主な議題は第一回の推進状況の報告である。策定から3年が経って当初の計画と実際の推進状況とが、どのように整合しているかの検証である。

今回の計画がスタートした平成20年9月頃には百年に一度という経済事件の「リーマンショック」があり、また昨年3月11日には、千年に一度という「東日本大震災」やそれに伴う「福島第一原発事故」が発生した。

当初の経済の読みと、スタート時点で大きく乖離してきたのである。

このまま計画を推進するのか、はたまた全く最初から見直すのかという問題は、これまでにも何度も議論してきたが、背骨たる骨格はそのまま継続して、末節の部分で臨機応変な対応をするということで一応収まっているが、世界の経済情勢も変化が大きくて予断を許さない状況だし、この計画が、このまま後7年間も使えるかと言うとそれも難しいと感じている。

委員の任期は、今年3月末日で切れ、4月からは新しい委員が任命されるのだが、私も再任されたので、今後はかなり難しい対応が出てくるだろうと覚悟している。


■2012-03-29-Thursday 札幌

27日に札幌で道庁の会議があったので日帰りで出張してきた。

会議の開催時間が、高橋はるみ知事のスケジュールの為なのか、はたまた委員長の佐伯浩北海道大学総長のスケジュールの為なのかは知らないが15:30〜と云う中途半端な時間の開催であった。

札幌の日帰り出張では、どの道一日がツブレることになる。会社に居ても向かいのビルの解体工事の振動と騒音で仕事にならないから、早目に帯広を出て、札幌の街を見学することにした。

私は自動車の運転が好きではないので、札幌への移動はいつもJRを使っている。

10:04帯広駅発の列車に乗れば札幌には12:14に到着する。JR北海道は、このところ脱線事故などが相次いで発生しているのだが、つい最近、トンネルの天井のコンクリートが落下して列車の上に落ちていたという事故の後は慎重になり過ぎているのかトンネル内の走行スピードを落として走っているから帯広ー札幌間で10〜15分程度の遅れが出ているのだ。この日も12:30分に札幌に到着した。札幌では会議の前に3時間程の時間が出来るので、札幌駅から南4条まで地下歩道空間を歩いていって地上に出て、東急ハンズに向かった。

私が指導しているマジック教室の生徒さんから頼まれたマジック用品を購入する為である。久し振りに行った東急ハンズのマジック用品売り場はかなり商品が減っていて、頼まれたモノは売っていなかった。そこで狸小路近くのマジックショップ「メビウス」に向かった。そこに旧知のプロマジシャン「バーディこやま」さんが偶然居られたので、買い物も忘れて話し込んでしまった。帰り際に何の為に店に寄ったのか思い出して、頼まれたモノを購入して、今度は本屋の「ジュンク堂」に向かう、帯広にも駅前の長崎屋に蔵書4万冊という大きな本屋が出来て、毎週の様に通っているが、このジュンク堂の蔵書数は比較にならないほど多いから、背表紙を眺めているだけでも楽しくなる。夢中になって歩いていたら、昼食を取っていないことに気がついた。

ラーメンでも食べようと、藤井セントラルビル4階の「ラーメン三平」に向かう。ここは元祖みそラーメンの店として有名な店である。私が小学生の頃に一人で札幌の伯父の家に泊りに来た時に、当時、大丸藤井に勤めていた伯父に連れて来てもらって以来、ここのみそラーメンを食べると喉が渇いてしょうがないのだが札幌に来るとこのショッパイみそラーメンがなぜだか食べたくなるのだ。

また今度は地上を歩いて、会議の会場である道庁近くのKKRホテルまで向かう。地下は人が溢れているのに、地上はほとんど歩いている人が居ない。先日もニュースで地下の歩道空間が出来てから、地上を歩く人が激減して、店を閉めてしまった老舗もあると報道されていたが、地下通路というのは昔ながらの商店街にとっては大打撃であろう。

会議は17:05に終了した。当初は会議が長引いた時のことを考慮して19:45札幌駅発の列車で帰るように切符を取っていたが、間に合いそうなので走ってみどりの窓口に向かい、1本早い17:57発の列車に切り替えた。札幌で仕事して日帰りで帰る時に、JR石勝線はちょっと時間割が不便なのである。この日は列車に乗るまで30程しか時間が残っていないから札幌で夕食を取っている暇がないので、駅弁で済ませるしかない。

列車に乗って一息ついたら、足のふくらはぎが痛い。パンパンに張っている。座りながらストレッチをしたら、今度は前側の弁慶の泣き所の筋肉がつってしまった。歩き過ぎたのだろう。運動不足が祟っている。

17:57発(20:16帯広着)の次の列車が19:45発(22:29帯広着)であるから、この間1時間42分も列車が無いのだ。

もう1本、18:30札幌発くらいの列車があると、とても便利であるのだが・・・。


■2012-03-30-Friday 解体工事

我が社の向かい側の旧北洋銀行ビルの

解体工事がいよいよ終盤に差し掛かっていることは数日前のブログに書いたが・・・。

28日の夜は、地元の新聞社十勝毎日新聞が主宰する「勝毎アカデミー」と云う趣味の講座で、私がマジックを教えている教室があった。会社の仕事が長引いた為に、ゆっくりと夕食を取っている時間がなかったので、終業後に、我が社の筋向いにあるインデアンカレーに入って食べたのである。この店は注文してから、カレーが出て来るまで30秒と掛からないから時間が無い時にはとても重宝しているのだ。しかもノーマルなカレーの値段が399円ととても安いのである。

顔見知りの店長が「坂本さんのビルも揺れますか?」と聞くので「向かいのビルの解体工事のことかい?」と聞くと「そうです。うちも昼間はお客さんが地震と間違えるし、私達も落ち着かないんですよ」と言う。

「私の事務所は6階にあるから地上よりも数倍揺れて、船酔いみたいな感じがするよ」と答えた。まさに乗り物酔いになったような感じなのだが、どうやら、揺れているのは我が社だけではないようである。

このビルの解体工事の費用が3億円以上も掛かるのだそうだ。昨晩の新聞には十勝川温泉のホテルの解体工事費用が2億円掛かると出ていたから、我が社のビルを解体するにも2〜3億円は掛かるのだろう。

我が社のビルは昭和42(1967)年の建築で鉄筋コンクリート製だから税法上の耐用年数は60年と云うことなので、そうなると2027年だから、後15年と云うことになる。

その時には私は69歳だから、我が社のビルをどうするのかそろそろ考えておかなければならないだろう。

それにしても、オカシナ世の中になったものだ。

昔はビルのオーナーなら左団扇で生活が出来たという時代があった。帯広で固定資産税が一番高い一等地の場所で、しかも償却が済んだビルなのに何故だか儲からない。

エレベータや冷暖房などの機械は15年程度で入れ替えをしなければならないし、消防法やら建築基準法の改正で、ビルを手直ししたりメンテナンスするにも半端じゃないお金が掛かる。

つい先日も、電気のコンデンサーの廃棄をしなければならないとかで、しかも、そのコンデンサーの中に有害物質のPCBが入っているから、廃棄処分料金が55万円も掛かるというので、目ん玉が飛び出たのであった。捨てるのにも莫大な費用が掛かる時代になったのである。

困った世の中になったものだ。


■2012-03-31-Saturday マラソン大会

一昨年から開催の準備をしてきた

帯広でのマラソン大会が、ようやく今年の11月4日(日)に開催できる運びになった。

3月29日の夜に帯広市役所で第3回目の「仮称:第一回フードバレーとかちマラソン大会開催準備委員会」(前段の開催検討委員会で3回開催したので計6回開催)が開催された。

本来は去年の10月末に開催する予定で準備を進めていたのだが、いかんせん私の力不足で資金集めの問題とコースの問題などで一旦断念したが、市役所に働きかけて「開基130年、市制施行80年」の記念の大会として位置付けていただき予算を獲得してもらうことに成功したので、ようやく1年遅れで陽の目を見ることになったのである。

昨年から「仮称:第一回フードバレーとかちマラソン大会開催準備委員会」として合計6回の会議を重ねてきたが、これまでこのブログには一切このマラソン大会のことは書かなかった。それと云うのも、市議会の承認が得られる前に情報だけが一人歩きをしてしまうと、オジャンになってしまう可能性があったからだ。

民間で開催するのとは事情が異なり、予算付けには市議会の承認が必要な事項なので、もしも議題に上がる前に情報が漏れて「俺は聞いていないゾ!」と市議会議員のご機嫌を損ねてしまわない様に気を使ったのである。

しかし、無事に議会の承認も得て予算が付いたので、ようやく発表できることになったと云う次第である。

「準備委員会」は今回の会議で解散し、4月からは正式に「実行委員会」に衣替えしてスタートする。

「実行委員会」のメンバーは「十勝陸上競技協会」「商工会議所」「青年会議所」「観光コンベンション協会」「ホテル旅館組合」などの組織から選出されることになる。私は組織と云うものに属していないので実行委員会に入ることは叶わないが側面から支援をしていくつもりだ。

準備委員会の計画段階では、去年の開催日程案と同様に10月最終日曜日ということで10月28日(日)を予定していた。早目に告知したいと云う事で2月26日の「東京マラソン」の際にチラシを3000枚作ってPRし手応えを感じたのだが、何とその後で、同じ十勝の陸別町が同じ10月28日にマラソン大会を計画していると云うことが判明した。事務局は電話一本で確認できる事項を何故に事前にシッカリと確認しておかないのだろうか?これは事務局の大失態である。

結局、後発の帯広が先発の陸別に大会日程をぶつけることは出来ないということで日程を1週間遅らせて、11月4日(日)と北海道のマラソン大会としては一番最後の設定になったのだ。最初から拍子抜けしてしまう事態ではないか。

11月4日は気温が低いイメージがあるが、例年の天気状況では晴れが多く、暖かい日も多いのでランナーにとっては丁度良いくらいの気候かもしれないが・・・。

ただ沿道で応援する人には少々寒いかもしれない。大会当日が暖かくなることを祈ろう。

心配していたコース設定も、市街地の藤丸百貨店前をスタートして、競馬場前の白樺通りを西に向かい、帯広の森競技場で折り返して、ゴールは中央公園という市街地を走るコース取りで警察の内諾も得たと云う。29日には公認コースの認定を受ける為のテスト走行調査をおこなったとの報告もあった。

大会の名称はまだ「仮称」が付いている。ご機嫌取りなのか、米沢市長の肝いり事業である「フードバレー」と云う名称を付けているが、この大会を長く続けていくつもりなら、事業名ではなく普遍的な名称を付ける必要があるだろうと思う。もしも市長が途中で交代し、事業の継続が為されなければ、大会名の変更と云う困る事態になりかねないからだ。実行委員会は現市長に媚びることのない大会名を付けてもらいたい。

懸念材料は、議会の関係で事前のPRが出来なかったことで、一般ランナーへの情報発信がなされていないことだ。そこにもってきて、東京マラソンでの日程の誤情報(結果的に)の発信である。これから一生懸命に宣伝する必要があるだろう。

市の予算が付いたとは言っても、資金はまだまだ不足しているから資金集めも大変だろうし、ボランティアで協力してくれる人を募集するのも大変な作業である。

私は実行委員会には入れないからその辺の懸念の解消は直接できないが、協力はしていくつもりだ。

何とか成功してもらいたいものである。第一回大会が成功すれば、その後の会は予算も少なくて済むからだ。

マラソン大会の成功を祈念する。